世界的なアニメ作家。1941年東京生まれ。学習院大学卒業後「東映動画」に入社。79年、監督第1作『ルパン三世 カリオストロの城』が評判を呼び、以後『風の谷のナウシカ』『千と千尋の神隠し』など数々のヒット作を生み出してきた。

 『千と千尋の神隠し』でアカデミー賞長編アニメ賞、ベルリン国際映画祭金熊賞、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞している。

 これまで興行収入が100億円を超えた日本映画は8本あるが、最新作の『風立ちぬ』を含めて5本を宮崎作品が占めている。だが「スタジオジブリ」の鈴木敏夫プロデューサーによれば、人件費、制作費がかかり過ぎ、4年かかってできた『崖の上のポニョ』は155億円を売り上げたが儲からなかったと、朝日新聞(9月18日付朝刊)で語っている。

 宮崎氏が『風立ちぬ』公開後に記者会見を開き、引退を表明したため大きな話題を呼んでいる。

 理由を『週刊朝日』(9/20号)は、宮崎氏の次の言葉にあると書いている。

 「アニメ映画の監督といっても、みんな仕事のやり方が違う。僕は描かなきゃいけない。加齢によって集中できる時間が減るのはどうしようもない。僕は僕のやり方を貫くしかないと思ったので『長編アニメは無理だ』と判断した」

 宮崎氏は脚本・絵コンテ作りに加えてアニメーターが描いた原画もすべてチェック・修正している。ちなみに『崖の上のポニョ』では17万枚にもなるという。

 『週刊文春』(9/19号)で川上量生(のぶお)氏が、会見で宮崎氏がいった「この世は生きるに値する。そういうメッセージを子どもたちに伝えたいというのが仕事の根幹にあった」という言葉に感動したと書いている。

 宮崎氏は一貫して自然破壊をやめろと訴え、戦争の悲惨さ、愚かさを描いてきた。自社の屋上には「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」と書かれた横断幕が掲げられ、憲法改正に反対の立場であることを表明している。

 彼は最後の長編にどんなメッセージを込めたのか。『風立ちぬ』を見に行ってきた。

 主人公はゼロ戦の設計者・堀越二郎だが、そこに「風立ちぬ、いざ生きめやも」という言葉で有名な作家・堀辰雄の『風立ちぬ』を重ね合わせている。

 “美しい飛行機”を作ることに打ち込んでいる二郎と、重い結核に冒され余命幾ばくもない菜穂子との出会い、結婚、別れを、美しい自然や大空、東京の古い町並みとともに描いている。

 作家・半藤一利(はんどう・かずとし)氏は『週刊ポスト』(9/20・27号)でこう語っている。

 「宮崎さんは、堀越二郎の人生に堀辰雄の人生を重ねることで、“行き止まり”の中で懸命に生きることの美しさ、悲しさを上手く表現したのです。(中略)宮崎さんは、異常で無惨な戦争に突き進んでいった当時の日本人の愚劣さよりも、そうした絶望的な状況にありながらも自らの思いを貫こうとした生き方の美しさを描こうとしたのではないでしょうか」

 映画の中で印象に残ったことが三つある。二郎が何度かいう「僕たちには時間がないんです」という言葉だ。差し迫った時代状況、それ以上に切迫している菜穂子との別れ。“一日一生”という思いで精一杯生きている二人を死が分かつ。

 何度も出てくる良寛の書「天上大風」。「地上には風がふいていないように見えても、天の上には大きな風(御仏の慈悲)が吹き、見守ってくれている」という意のようだが、宮崎氏のメッセージのように思える。

 三つ目は素晴らしい自然描写である。飛行機から見る地上の風景や雲の美しさ。車窓に流れる田園風景や関東大震災で崩れる前の東京下町の町並みの何と懐かしいことか。宮崎氏が丹誠込めて描いたこの“絵”を見るだけでもこの映画の価値は十分にある。

 そして、これこそ宮崎氏がこの映画で伝えたかったことではなかったのか、映画館を出るときそう思った。新宿のビルの谷間から見上げた夜空には久しぶりに美しい月が出ていた。

 

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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