こじつけに近いようなことば遣いで、調子や感情の微妙な動きを楽しむところには、京ことば独特の面白さがある。例えば、「よくいらっしゃいました」という来客を迎えることばとして、京都では「オコシヤス」と「オイデヤス」という二つのあいさつがよく使われる。漢字で書くと、「御越やす」と「御出やす」となる。どちらも丁寧なことばであり、使い方に上下関係があるわけではない。しかし、久しぶりに訪ねた小料理屋で、「オコシヤス」と出迎えられれば、ほっとするのはなぜか。

 「オコシヤス」は、心待ちにしていた来客や常連客に対して使われることが多いあいさつだからである。一方、「オイデヤス」は、一見(いちげん)の客や思いもよらない来訪に使われることが多い。もし、突然訪ねた所で「オイデヤス」と出迎えられたなら、長居は無用と機転を利かせ、早々と退散すべきかもしれない。

 「オコシヤス」と似た調子で使われるあいさつに、「オシマイヤス」ということばがある。これは「こんばんは」と同じく、帰り道や夜道で交わされるあいさつである。しかし、「オシマイヤス」は通り一遍の実意のこもっていないあいさつではなく、ねぎらいの気持ちをこめた、優しさのある通りすがりのやりとりなのである。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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