炭火とは、一般にカシ、ナラ、クヌギなどから窯焼きをしてつくった木炭による火のことである。人がもっとも古くから使ってきた道具の一つであり、それが普段の暮らしから消えてしまい、まだ半世紀も経っていない。現代では薪ストーブが見直される一方で、囲炉裏や火鉢などで炭火に触れられる機会はほとんどなくなってしまった。火鉢から畳へ、室内へと、じんわり伝わっていく炭火独特の熱には、捨てがたい魅力を感じる。からだに優しく感じるうえ、手をかざせば、赤々と熱を込めた炭火を見ているだけで、心が落ち着いてぬくもってくる。ずっと大切に受け継いでいきたいものである。

 現代の京都で炭というと、茶の湯で畳を切った炉などに用いる、道具炭(どうぐずみ)が思い浮かぶ。切り口が花模様のようなかわいらしい道具炭は、菊炭や桜炭などと呼ばれている。材料は主にクヌギで、茶の湯の作法では、胴炭(どうずみ)や毬打(ぎっちょう)などの種類があり、長さと太さの寸法が厳密に決められている。

 嵐山に注いでいる桂川をどんどん遡り、山間へと入っていくと、昭和初期まで道具炭などをつくる優れた炭焼(すみやき)が暮らしていた、廃村八丁という場所がある。いまは登山道しか道のない山中であるが、明治期には小学校の分校もあり、昭和期の燃料革命以前に山林からの産物がいかに大切にされていたかがうかがわれる。この村は、大雪で食糧の調達や病人の手当てがままならなかったことをきっかけに、1936(昭和11)年に廃村となってしまった。筆者が訪ねたときは、当時つくった炭がまだ残っており、この火で川の水を沸かして入った五右衛門風呂は、忘れようのない入湯体験であった。


昭和のはじめごろにつくられた廃村八丁の炭の火。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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