広島で被爆2世として生まれた全聾(ぜんろう)の作曲家(自称)。50歳。2011年に発表した80分を超える『交響曲第一番HIROSHIMA』(演奏、東京交響楽団、日本コロムビア)は、クラシック界では異例の約18万枚のセールスを記録し、米『TIME』誌も「現代のベートーヴェン」と評した。

 2013年3月31日に放送されたNHKスペシャル『魂の旋律~音を失った作曲家』では、東日本大震災の被災地の石巻、女川(おながわ)を訪ねながら創作する過程が紹介され、それが元で生まれた『鎮魂のソナタ』(演奏ソン・ヨルム、日本コロムビア)は、番組の反響もあって10万枚の売り上げを記録したそうだ。

 ソチ五輪の男子フィギュアのショートプログラムで、高橋大輔選手が彼の作曲した『ヴァイオリンのためのソナチネ』で滑ることも話題になっていた。

 ところが『週刊文春』(2/13号、以下『文春』)が「全聾の作曲家佐村河内守はペテン師だった!」と報じ、長年にわたって佐村河内氏のゴーストライターをやってきた新垣(にいがき)隆氏(43・桐朋学園大学作曲専攻講師)が次のように懺悔告白したのである。

 「私は十八年間、佐村河内守のゴーストライターをしてきました。最初は、ごく軽い気持ちで引き受けていましたが、彼がどんどん有名になっていくにつれ、いつかこの関係が世間にばれてしまうのではないかと、不安を抱き続けてきました。
 私は何度も彼に、『もう止めよう』と言ってきました。ですが、彼は『曲を作り続けてほしい』と執拗に懇願し続け、私が何と言おうと納得しませんでした。
 昨年暮れには、私が曲を作らなければ、妻と一緒に自殺するというメールまで来ました。早くこの事実を公表しなければ、取り返しのつかないことになるのではないか。私は信頼できる方々に相談し、何らかの形で真実を公表しなければならない責務があるのではないかと思い始めたのです」

 2人が出会ったのは1996年の夏のことだという。年上の佐村河内氏は、新垣氏にこう切り出したという。

 「このテープにはとある映画音楽用の短いテーマ曲が入っている。これをあなたにオーケストラ用の楽曲として仕上げてほしい。私は楽譜に強くないので」

 新垣氏はこの申し出をあっさり受け入れた。佐村河内氏が提示した報酬は数万円。それがいびつな二人三脚の始まりとなったと『文春』は報じている。

 新垣氏がこう話す。

 「クラシック界では、大家の下でアシスタントが譜面を書いたりオーケストラのパート譜を書いたりすることはままあることです。ところがその後わかったのですが、佐村河内は楽譜に弱いのではなく、楽譜が全く書けない。正式なクラシックの勉強をした形跡もない。ピアノだって、私たちの常識では『弾けない』レベルです」

 新垣氏はお金とか名声がほしくて引き受けたのではなく、自分が作曲した音楽を多くの人に聴いてもらえることが嬉しかったからだと“動機”を語っている。

 楽譜の書けない佐村河内氏は、細かい「構成図」を書いて新垣氏に渡したという。『文春』によればこうだ。

 「『中世宗教音楽的な抽象美の追求』『上昇してゆく音楽』『不協和音と機能調性の音楽的調和』『4つの主題、祈り、啓示、受難、混沌』等々 、佐村河内は、ひたすら言葉と図で一時間を越える作品の曲想(コンセプト)を書いている。このコンセプトに沿って新垣は、一音一音メロディを紡ぎだし、オーケストラ用のパート譜を書き起こしていく。つまり佐村河内はセルフプロデュースと楽曲のコンセプトワーク(ゼロを一にする能力)に長け、新垣は、それを実際の楽曲に展開する力(一を百にする能力)に長けている」

 だが、月刊誌で佐村河内氏の曲に対する疑惑が書かれ、新垣氏は関係を断ち切ろうと佐村河内氏に言ったが、受け入れなかったという。

 思いあぐねた新垣氏は、自分の教え子でもあり佐村河内氏が曲を献呈していた義手のヴァイオリニストの少女の家族の前で、これまでの真相を話し、謝罪したというのである。

 こうして砂上の楼閣は崩れ去った。

 佐村河内氏の「全聾」というのもウソだと新垣氏は言っている。

 「実際、打ち合せをしても、最初は手話や読唇術を使ったふりをしていても、熱がこもってくると、普通の会話になる。彼自身も全聾のふりをするのに、ずっと苦労したんだと思います。最近では、自宅で私と会う時は最初から普通の会話です」

 それをうけて、佐村河内氏はようやく2月12日未明、各報道機関宛てに「お詫び」と題した直筆の文書を公表。3年くらい前から耳が少し聞こえるようになったと書いている。

 この報道が出てから、各メディアは私たちも騙されていたと大騒ぎになったが、私には違和感がある。もちろん、全聾の作曲家だと偽っていた佐村河内氏に非はあるが、それを増幅して感動物語に仕立て上げ、視聴率を稼ぎ、本やCDを売りまくった側に何の反省もないのはおかしいのではないか。

 それとも、われわれはあいつに騙された被害者だとでもいうつもりなのか。なかでもメディアはペテンの片棒を担いだ立派な加害者である。

 メディアは何度も過ちを犯すものだ。だから自分たちが間違ったとわかったときは、視聴者や読者、CDを買った人たちに、佐村河内氏と同席して謝るのがスジではないか。そう私は考える。


元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3

 予想通り盛り上がりに欠けるソチ五輪だが、19日、20日に行なわれるフィギュア女子シングルだけは別だろう。
 浅田真央とキム・ヨナの16度目の対決はどうなるのか。週刊誌から探ってみた。

第3位 「『浅田真央とキム・ヨナ』死闘10年の裏真実」(『週刊アサヒ芸能』2/13号)
 短期連載の第2回目だが、浅田真央・舞姉妹とキム・ヨナ、エラ姉妹の境遇の違いや姉が妹のために尽くす共通項、キムの母親の針金ギブスという巨人の星の大リーグ養成ギブスを思わせるスパルタ教育などのエピソードはおもしろい。

第2位 「浅田真央は金メダルを獲れるか?」(『週刊文春』2/13号)
 浅田のトリプルアクセルが決まっても、キム・ヨナの演技構成点が優ると見るスポーツ紙デスクもいれば、練習から遠ざかっていたキムはスタミナに不安があり、後半にミスが出る可能性ありと読むスポーツライターもいる。伏兵はロシアの新星、ユリア・リプニツカヤか鈴木明子と見る向きもある。

第1位「浅田真央はキム・ヨナに勝てない」(『週刊現代』2/22号)
 ずばりキム・ヨナの勝ちと断言するのは『現代』だ。
 スポーツライター野口美恵氏はヨナの凄さをこう語る。
 「ヨナは音楽の曲想をとらえるのがうまい。単に音とタイミングが合うのではなく、メロディだったり、ベース音だったり、楽曲全体が醸し出すニュアンスを演技に反映させることができる」

 安藤美姫と高橋大輔をコーチしたニコライ・モロゾフ氏もやはり、そこがヨナのストロングポイントだという。
 「フィギュアスケートは、他のスポーツと違って、観客を魅了しなければならない。そのためには女性としてのmaturity(成熟度)とか魅力が非常に重要になる。ヨナは女性としての魅力を最大限に出している。真央はどんなにきれいに滑っても、子供が滑っているように見えてしまう」

 しかし浅田も秘策を練っているようだ。トリプルアクセルを1回減らしたというのである。
 「昨年末の全日本選手権後、浅田は一度も練習を公開しなかった。よほどトリプルアクセルの精度が悪いのか、と現場で噂になっていた矢先の発表でした。今季、ここまでトリプルアクセルは一度も成功していません。勝てるスケートに徹するのは嫌だが、このままではヨナに勝てないのも事実。おそらく佐藤信夫コーチとぎりぎりまで話し合いを重ねたうえで、金メダルを獲るために、『究極の選択』をしたのでしょう」(スポーツライター藤本大和氏)

 だが、連盟関係者は、浅田の金はなかなか難しいと話す。
 「トリプルアクセルを成功させ、かつフリーの後半に2つ入れた連続ジャンプをノーミスでクリアすることが絶対条件。そのうえでヨナがミスをすれば、初めて金メダルが見えてくる」

 どちらにしても「その瞬間」をテレビの前でじっくり楽しみたいものである。

   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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