土いきれの呼吸さえ苦しいような暑さなのに、空は薄く曇って風もなく、熱がずっと籠もりきっている――。油照りは、8月上旬の京都の、行き場のないような蒸し暑さをぴったりと言い表している。頭に浮かぶのは涼むための算段ばかり。氷小豆に豆かん、笹の露や竹流しといった水羊羹、琥珀に葛切り、レモン羹(かん)と、冷やして食べる和菓子が京都に多いのは、きっと暑さのせいだろう。

 室町時代の貴族は、東山や鞍馬の山の裾野に別荘を設け、暑さを避けたようであるが、決して遠出とはいえない。それは現代の京都の人にも共通したところがあり、夏休みには里帰りして市中には学生の姿が少なくなるけれど、どこかへ避暑に出かける習慣をもっている人は意外に少ない。強いて理由をあげると、たくさんの行事がある。7月の祇園祭以降、7月末日には愛宕(あたご)さんの千日詣があり、8月は万灯会(まんとうえ)、精霊(しょうりょう)迎えに六道(ろくどう)まいり。送り鐘をつき、五山の送り火で精霊を送る。陶器市や古書市、柴漬けの漬け込みも夏が最盛期である。お盆が過ぎれば地蔵盆があり、その間、京都市北部では松上げや紅葉踊りなども行なわれる。じっとりと肌に汗をにじませながら京都にとどまり、仕事に、行事に、家事に、と精を出すのが、京都らしい夏の過ごし方なのである。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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