エボラ出血熱が猛威を振るっている。

 西アフリカ諸国で起こっているエボラ出血熱の流行は、2014年3月にギニアでの集団発生から始まり、リベリア、シエラレオネへと拡大した。世界保健機関(WHO)は、8月8日に「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」として対応を強化。しかし、収束の気配はなく、10月31日時点でエボラ出血熱の感染者数(疑い例を含む)は1万3567人で、死者数は4951人に達したと発表されている。エボラウイルスの感染力は強く、西アフリカのほか、アメリカやヨーロッパでも感染が確認されており、流行が世界に広がることが懸念される。

 エボラ出血熱の病原体は、フィロウイルス科に属するエボラウイルスで、感染した動物や人の体液に直接触れると感染の危険性が発生する。

 感染すると、2~21日(通常は7~10日)の潜伏期間を経て、突然の高熱、筋肉痛、頭痛、喉の痛みなどのあとで、嘔吐、下痢、発疹、肝機能・腎機能の異常、吐血や下血などの症状が見られるようになる。適切な治療が行なわれないと死に至ることもあり、集団発生では致命率が90%に達したケースもある。

 予防のためのワクチンや治療薬の開発が急がれているが、承認済みのワクチンや治療薬はない。罹患すると患者の症状に応じた対症療法によって症状の改善を図るしかないというのが現状だ。

咳やくしゃみによる空気感染はしないが、十分な防護をせずに患者の体液(血液、分泌物、吐物、排泄物など)に触れると、ウイルスが傷口や粘膜から感染する。西アフリカ諸国で感染が広まった背景には、会葬者が遺体に直接触れる葬儀の風習、適切な接触感染予防対策の未実施などがあると言われている。

 世界的なエボラ出血熱の流行を避けるには、公衆衛生を高めるために、「エボラ出血熱の流行地域には行かない」「野生動物の生肉を食べない」などの予防策が挙げられている。外務省でも、ギニア、シエラレオネ、リベリアを感染症危険情報対象地域に指定し、不要不急の渡航は延期するように勧告している。

 エボラ出血熱の流行を抑えるには、世界が協力して予防対策の強化に当たる必要がある。だが、アメリカでは、エボラ出血熱対策を、政治利用する向きも見られる。共和党系の州知事らが、西アフリカでエボラ出血熱の治療にあたった医療従事者の自宅外出禁止を課すなどして、オバマ政権の対策を攻撃。一方、オバマ大統領は、西アフリカから帰国した医師らに対して「尊厳と敬意をもって扱われるべき」と、共和党系の州知事の対応を牽制し、世論を二分している。

 しかし、世界的な感染の拡大が懸念されるパンデミックを政治利用するようなことは、本来、あってはならないことだろう。耳を傾けるべきは米国の共和党、民主党のいずれかの言い分ではなく、エボラ出血熱対策の知識を有する専門家の声だ。

 エボラ出血熱を政治利用するという愚かなアメリカを尻目に、世界に感動を与えているのがキューバの医療団だ。すでに、256人の医療スタッフが西アフリカ諸国に派遣され、6か月間活動する予定であることが、10月30日付のイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙で報じられている。この動きは国際社会で好意的にとらえられており、WHOのマーガレット・チャン事務局長からも絶賛されているという。

 もちろん、今回の医療団の派遣がキューバ政府による外交上のアピールという面があることも否定できない。ソ連の崩壊以降、経済危機から脱する有効な手立てを得られないキューバ政府は、医療を外貨獲得の手段として位置づけ、ベネズエラやボリビアをはじめとする国々に医療団を派遣してきたからだ。

 しかし、渡航者の隔離政策をめぐって、政治的、感情的に対立するアメリカに比べれば、「西アフリカでのこの脅威を封じ込めるために」と立ち上がったキューバの対応は賞賛に値する。

 グローバル化が進んだ今、エボラ出血熱の脅威は、ここ日本にいても他人事ではない。公衆衛生を守るためにはどのような措置が適切なのか。アメリカの政治家の対立を他山の石として、専門知識を有する医療者たちの声に冷静に耳を傾けたい。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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