本格的な冬の到来が目に見えてわかる二十四節気の大雪(たいせつ)の頃になると、広沢池(ひろさわのいけ、右京区)では師走の風物詩である「鯉揚げ」が始まる。鯉揚げとは、広沢池が冬に池の水を空の状態にするため、水を抜くとき、養殖されていた鯉や鮒(ふな)などを水位の下がった隅に追い込み、網で一気に引き上げる漁のことである。毎年4月、15センチメートルほどの大きさで池に放たれた鯉の稚魚千数百尾あまりは、体長約40センチメートル、重さ1.5キログラムほどの大きさに成長し、鮒やモロコなどと一緒にボートの上にどんどんすくい上げられていく。引き上げられた魚は、養殖業者が池の中に設けた仮設販売所で直売される。市価よりずいぶん安いとあって、料理店や甘露煮などの専門店、鯉好きの一般人などが続々と訪れ、初日には買い物客が列をなす。通常、10日間ほど予定されており、売り切れ次第で終了する。

 広沢池は平安時代に造られた人工池で、春に桜、秋に月、晩秋にはのどかな里山の紅葉が水面を彩り、北嵯峨きっての名所になっている。そして、冬になると、干潟状態の川底は渡り鳥の貴重な餌場となり、京都でヒクイナ、クイナなどが見られる数少ない探鳥地である。好天の日には、シャッターチャンスを狙う愛鳥カメラマンが列をなしているはずだ。一年に一度、池の水を抜いて底を日干しにすることで、微生物が活性化するため、生き物の良好な生息環境が保たれているという。また、春に水を入れるので、ここで育つ鯉や鮒には淡水魚特有の泥臭さがなく、美味なのだといわれている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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