八坂神社(祇園社、東山区)には、大みそかから元旦にかけて参拝し、竹でできた吉祥縄(きっちょなわ)に白朮火(をけらび)を受け、その火種が消えないようにくるくる回しながら帰り、その火で元旦に食べる雑煮をつくるという行事がある。このお雑煮を食べれば、無病息災で過ごせるといわれており、家庭にかまどがなくなった今日では、火縄を台所にかけ、火難除けのお守りにするとよいとされている。

 これは元旦の午前5時まで行なわれる参拝で、三が日の初詣でとは違う。もともとは元旦の午前5時に、檜(ひのき)の鉋屑(かんなくず)と白朮を丸めた球状のものに火をつけ、参拝者がその火を持ち帰って新年のかまどの火として使ったという、「削り掛け神事」(白朮祭)が起源とされる。当世風の参拝方法は、明治以降に盛んになったようである。

 キク科の白朮は、その根が古来薬草として用いられてきた植物で、燃やすと強い香りを発するため、煙で邪気を祓ったといわれている。江戸時代の京都には、節分の夜に家で白朮を焚いて悪疫を祓うという風習があった。また、梅雨時や夏には湿気払いや虫除けとしても、白朮の煙が使われていたそうである。

 井原西鶴『世間胸算用』には、江戸時代の大みそかの夜、八坂神社の真っ暗な境内で「悪たれ祭」という行事のあったことが書かれている。これは参拝者の腹の中に一年間ため込まれた罵詈雑言を、顔の見えない暗闇ですっかりはき出し、気持ちよく新年を迎えるという行事のようだ。京都の町衆からの厚い信仰をずっと変わらずに受け続けている八坂神社らしい、江戸時代のお年越しの様子が垣間見られる。


京都では、大晦日の午前零時を過ぎてから白朮火を火縄に受け、家に帰ってお雑煮をいただくという人が多い。元旦は寅の刻(午前4時頃)から、と聞いたことがあるので、家に帰って新年のご挨拶をするのが、時間的にもちょうどよい。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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