社会的起業は、利益の追求を目的とせずに、社会的な課題解決にビジネスの手法を用いて取り組む事業を興すこと。日本では、民主党政権下の2010年に「新しい公共」の構想が打ち出され、それまで国や自治体が行なってきた公共サービスの新たな担い手として注目されるようになった。

 子育て支援や障がい者支援、貧困、環境、介護などの分野は、需要は多いものの収益になりにくく、国や自治体などの公的セクションがおもなサービスの主体だ。

 社会的起業は、不採算事業ともいえる分野で、知恵を絞ることで民間企業のように収益を確保し、社会的課題を解決していくことを目指している。ソーシャルビジネスとも呼ばれる。無償のボランティアや奉仕活動ではないので、サービスは有料。その収益によって、働く人の賃金を賄い、事業を継続し、社会的な貢献をしていく仕組みとなっている。

 事業形態は、株式会社や有限会社など営利組織のほか、NPO法人、ワーカーズコープ(労働者協同組合)など非営利の団体も多い。

 そのひとつが、途上国で作られた食料品や衣料品などを適正な価格で取引するフェアトレード団体だ。

 国際市場のなかで弱い立場にある途上国の生産者が安定した収入を得られるように長期取引をし、ときには生産費用を前払いするなどの支援策で、貧困解消や児童労働の削減を目指している。

 作る人も、売る人も、使う人も、すべての人が幸せになる仕組みがフェアトレードのコンセプトで、近江商人の「三方よし」に通じるものがある。

 フェアトレードは、いわゆるチャリティーではなく、市場での競争にさらされるため、消費者に選んでもらえる魅力ある商品作りをして事業の継続性を図っている。

 たとえば、神奈川県のネパリ・バザーロは、ネパールの生産者への技術指導を行ないながら、コーヒーや紅茶、スパイスなどの食料品、衣料品や工芸品などを輸入販売している事業体だ。食料品は有機認証をとっている安全な原材料を使ったり、味にもこだわりを持っているため、ファンも多い。

 衣料品に力を入れている東京都のピープル・ツリーは、素材にオーガニックコットンを使用したり、有名デザイナーとコラボレーションしたりして話題性をつくり、大量生産される安価な商品との差別化を図っている。

 東日本大震災以降、自らの働き方を見直して、社会的起業の形態を用いて、被災地の復興、地域の課題解決を目指す人々がわずかながら増えている印象がある。背景にあるのは、戦後、日本が突き進んできた「お金さえ儲かればなんでもいい」という経済至上主義への疑問だろう。

 経済を最優先にしてきた結果、格差拡大、雇用不安、深刻な環境破壊など、日本に限らず世界中にひずみが現れている。

 ひと呼吸おいて、利益の追求を第一目的に掲げずに、社会貢献や自らのワークライフバランスを考えて仕事を選ぶ。そんな働き方が当たり前の世の中になれば、世界は今よりもっと穏やかで、暮らしやすいところになるかもしれない。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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