朝の陽の光が暗闇と混じり、徐々に明けゆく空に、一瞬現れる薄あかねの色を「はねず色」と呼ぶ。「はねず」とは初夏に赤い花を付ける植物のことで、漢字では「唐棣花」や「朱華」と書く。7世紀の天武天皇と持統天皇の時代には、「はねず色」は皇族で最高位を表す服の色として用いられていた。だが、わずか16年で廃止されたため、この色はうつろいやすさにかかる意味で用いられるようになった。染色の世界では、色の褪(さ)めやすさを表す代名詞ともなっている。

 石川啄木は「翼酢色(ハネスイロ)水面(ミナモ)に褪(ア)する 夕雲と沈みもはてし よろこびぞ、春の青海」(『日本国語大辞典』より)と、美しい歌に詠んでいる。日本人が古くから愛でてきたこの花。実はなんの花なのか、今日では定かではない。ニワウメの古名やモクレンゲの異名などと、いろいろな説が考えられている。

 京都の門跡寺院・随心院(山科区)には、古くは「はねず」と名づけられた梅の木があった(現在は総門内の小野梅園に「はなずの梅」がある)。随心院は平安前期の歌人、小野小町ゆかりの寺であり、小野寺ともよばれている。現在、梅が咲く時期になると、梅林の中にある舞台で「はねず色」の装束を身につけた女の子たちによって「はねず踊り」が披露されている。「はねず踊り」は、小野小町を慕って百夜通いをしたという、深草少将の悲しい伝説をうたったわらべ唄に合わせた踊りだ。大正期までは子どもたちが踊り歌いながら付近の家々を回っていたという。その後、一時途絶えていた踊りは、1973(昭和48)年に蘇り、毎年寺院で演じられている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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