日差しが鮮やかになり春めいてくると、学生の頃や数々の引っ越しの記憶とともに、銭湯が不思議に懐かしくなる。京都には国の登録有形文化財である船岡温泉(北区)をはじめ、木造三階建てや洋館づくりなどの貴重な銭湯がいまも残っている。

 そもそも銭湯の起こりは宗教行事だとされるが、入浴料金(湯銭)をとって一般の人を入浴させるという近代の銭湯の原型は、京都で誕生したといわれている。日本最大の古説話集『今昔物語集』(平安後期)には、「東山へ湯浴みにとて人を誘ひ」という記述が残っているそうである。南北朝時代の軍記物語『太平記』には、1360(延文5)年の記述に町湯の湯女に触れている部分がある。さらに、室町時代の官人・中原康富の日記『康富記(やすとみき)』では、「次下辺銭湯可入之由申之有同道〈略〉於四条東洞院用風呂、託美父子参会」(1450(宝徳2)年6月6日、『日本国語大辞典』)と、通り名をつけて銭湯をよんでいたと思われる記録が残っており、これ以降は銭湯に関する記録がかなり見られるようになる。

 むろん、当時の銭湯といえば、密閉した浴場の湯気で体を温める蒸し風呂の様式であり、八瀬(左京区)のかま風呂のような飛鳥時代に遡る古式を現在も体験できるところがある。銭湯のことを、京都ではかつて「風呂」と呼び、東京では「湯屋」と呼ぶ人が多かったのは、蒸し風呂の時代が長かったためだといわれている。


「本日あります」の文字にほっこりする、関西の銭湯。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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