桜、菊、菜の花など、草木の花や蕾を塩や味噌に漬けたものを花漬という。京都の花漬といえば、春の陽にまばゆい黄色の花を咲かせる菜の花の、咲きかけの蕾を塩で漬けたものである。菜の花漬けとも呼ぶ。春の植物独特の甘みと苦みがあり、蕾を噛みしめると、ぷちっとした歯ごたえとともに、やや脂っこいような風味が口に広がる。この春らしいほろ苦さを、子どもの頃は食べにくく感じたが、大人になると、癖のあるもののほうがお酒にも合うので好きになってくる。先日、3月3日付(2015年)の朝日新聞の夕刊で「昭和の名匠、小津安二郎は菜の花漬けを好んだ」という記事を目にした。監督にも、花漬にも、どこか通じる滋味深さがあって、とてもお似合いの組み合わせだ。

 菜の花は、種子から菜種油が採られるアブラナ科の一種で、今日よく見かける品種はセイヨウアブラナである。「ナノハナ」という品種はなく、一般にアブラナ科の花を指して使う呼称である。花漬は、生育途中で間引かれた菜種油用のアブラナの若芽を、もったいないから保存用に漬けたのが始まりだと伝えられている。5日間ほど塩漬けにした浅漬けのものと、半年近く漬けこんで黄金色のようになったひね漬けの2種類がある。

 古くから洛北・松ヶ崎(左京区)の名産として、アブラナの一種で京都の伝統野菜である畑菜(はたけな)が栽培されていたという。この畑菜は一般的なアブラナとよく似ているが、起源などの詳細は明らかになっていない。昭和30年代に激減し、一時はほとんど食べられなくなっていた。近年、固有種の野菜が見直される中で栽培するところが徐々に増え、乳酸発酵させた昔ながらのひね漬けをつくるところも以前より多くなっているそうだ。


菜の花の浅漬け


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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