なにごとも「ほどらい」にしとくことが大切や──「ほどらい」は、最適なさじ加減のこと、といえようか。ちょうどよい程度、ころあい、といった意味のある「程合い」が転訛した京ことばである。適当とか、おおよそという風な意味合いもあるが、いい加減という解釈ではない。

 例えば、料理で微妙な味付けについて、適当とか、適量とか言うは易い。しかし、そこには様々な食材の状態、天候や温度、味見する人の感覚などと、一つ一つの状態の違いを見極め、折り合いをつけることの難しさがある。何よりも、判断や技術を裏付ける経験がものをいう。京都では、このようなニュアンスは、実は商売や近所づきあいなどに広く通じる感覚で、ほどよく調和した関係を好む京都らしい表現なのである。

 職人さん同士のやりとりを拝見していると、よく「まかすさかい、ほどのえーようにしといてな」、なんていうのもある。「ほどのえー」とは、その場に応じて「節度のある」「すかっとした」「ごてごてさせず」などと、いろんな意味で使われている。ちょっといい加減なやりとりのようにも思えるが、実際はそうではない。いつも通りの繰り返しなのではなく、物事を適切に判断し、一番ふさわしく対処することを相手に要求している。相手のほうも、こんな風に気持ちよく求められると、いつも以上にがんばってしまうことだろう。長く培われてきた人間同士や仕事のやりとりの中に、京都気質を支えている心が通っている。


織物道具の杼(ひ)をつくっているところ。昭和の最盛期には年間数千丁を、親子だけで手がけていた。そんな忙しさの中でも、常連の杼であれば、一言、二言を交わすだけで、1ミリに満たないような調整を理解し合ったそうだ。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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