今年4月1日、生活困窮者自立支援法が施行された。

 1995年に約88万人で底を打った生活保護受給者数は、バブル崩壊とともに増加し、2015年2月時点で約217万人に。だが、厚生労働省の調べによると、生活に困って福祉事務所を訪れても保護の対象にならない人は、高齢者も含めて年間約40万人存在する。

 生活困窮者自立支援法は、保護を受ける手前で生活再建するための行政の支援策を盛り込んだもの。現在、年間3.8兆円(2014年予算ベース)にのぼる生活保護費を削減することも目的で、不正受給に対する罰則を強化した改正生活保護法とセットで創設された法律だ。

 制度の柱となっているのが、自立相談支援事業(就労や自立に向けた相談)と住居確保給付金(住宅手当、原則3か月支給)。この2つは、必須事業として、それぞれの都道府県の福祉事務所で相談を受け付けることになった。

 また、地方自治体の任意事業として、次の4つの事業も行なうことができる。

就労準備支援事業…働いていなかった人が、一般の仕事に就くまでのステップとして、中間的な仕事をしながら職業訓練を行なう。
一時生活支援事業…住宅のない生活困窮者に、一定期間宿泊場所や衣食の提供などを行なう。
家計相談支援事業…家計状況を把握し、金銭管理に関する指導を行なったり、貸付の斡旋を行なったりする。
学習支援事業…貧困の連鎖を防止するために、生活困窮者世帯の子どもに学習支援や居場所作り、養育に関する親へのアドバイスなどを行なう。

 この制度の創設によって、生活困窮者が生活保護にいたる以前に暮らしを立て直して、次世代への貧困の連鎖を防ぎ、経済的・社会的自立を促すことが期待されている。

 ただし、多くの問題点も指摘されている。

 新制度は、生活困窮者が働いて経済的に自立するための支援策が中心なので、経済的な給付がほとんどない。

 付けられている予算も十分とはいえず、必須事業の自立相談支援と住居確保給付金は、事業費の4分の3が国から補助されるが、就労準備支援や一時生活支援は国の補助が3分の2。さらに、家計相談支援、学習支援は、2分の1しか国の補助がない。残りは自治体の負担となるため、財政状況によって行なう事業内容には差が出ることになる。

 さっそく表面化したのが、これまでフードバンクが行なってきた食糧支援だ。新制度では食糧支援は対象となっていないので、4月以降、すでに自治体によって事業の継続に差が出てきている。日本は、子どもの貧困率が16.3%(2012年)と高く、6人に1人の子どもが貧困状態にある。フードバンクの支援は、子どものいる家庭への支援が全体の4割を占めており、新制度への移行により子どもの貧困が悪化することが心配されているのだ。

 また、生活困窮者自立支援法ができたことで、生活保護の水際作戦の強化を心配する声もある。水際作戦は、保護費削減のために、福祉事務所の窓口という「水際」で、審査もしないで保護申請の受理を拒否するというもの。2007年7月、福岡県北九州市で生活保護を打ち切られた結果、「おにぎりが食べたい」と書き残して餓死した男性も、この水際作戦の被害者だ。新制度が、生活保護を申請するための防波堤となり、再び水際作戦の被害者が増大するようなことは避けなければならないだろう。

 働く能力のある人が自分の力で働けるようにするための支援は、もちろん有意義だ。ただ、論を優先して、目の前にある貧困に目をつぶり、困っている人を食糧支援や生活保護から引き剥がすようなことはあってはならないことだ。

 新制度によって、さらに貧富の格差が広がらないのか。厳しい目で制度の今後を見届ける必要があるだろう。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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