『世界』(7月号)の「メディア批評」からの受け売りで恐縮だが、日本には日中戦争を「支那事変」、原発のメルトダウンを「爆発的事象」などと深刻さの程度をやわらげて表現する婉曲話法の伝統がある。

 官僚がこういう言い方を考える悪知恵に長けていて「通信傍受法」「個人情報保護法」など、盗聴や治安維持という裏にある企みを国民から見えないようにすることが日常的に行なわれている。だが、安全保障法制の整備をごり押ししている安倍晋三首相のような悪質な言い換えは聞いたことがない。

 集団的自衛権を行使してアメリカと一緒に戦争のできる国に変容させようとする、いわば「戦争法案」なのに、いつの間にかその名称を「平和安全法制整備法案」平和の二文字を入れ込んだのである。たしかに安倍首相にとって平和など取るに足らないことなのは、常々「積極的平和主義」という訳のわからない言い方をすることでもわかる。

 そのうえ、野党がこの法案が成立すれば「自衛隊の活動範囲が広がり、リスクは高まる」と何度質問しても、安倍首相は「リスクが増す」とは決して言わない。

 これでは国民をバカにし自衛隊員の命を軽んじていると言われても致し方あるまい。

 紛争地域に行って無事帰還できたとしても、そこで受けた悲惨な体験がPTSD(心的外傷後ストレス障害)となって残り、心を蝕まれたり自殺してしまうケースの多いことが、アメリカでは大きな社会問題になっているのだ。

 5月27日の衆院特別委員会で共産党の志位和夫委員長の質問に答えて、政府が認めた数字に衝撃が走ったと『週刊現代』(6/13号、以下『現代』)が報じている。

 「03~09年にイラクに派遣された自衛隊員のうち、在職中に自殺したとされた隊員は29人。うち4人はイラク派遣が原因だった。
 01~07年のテロ特措法でインド洋での給油活動に参加した隊員のうち、同様に自殺と認定された隊員は25人」(編集部注:自衛隊員の在職中の自殺者56人(01~10年のインド洋での給油活動で27人、03~09年のイラク復興支援活動で29人、このうち4人が「公務災害」とされているが、派遣との関連はわからないとしている)と6月9日付で防衛省発表)

 『現代』によれば、イラクに派遣された陸海空の自衛隊員は計約9310人。321人に1人が自殺したことになる。

 05年に札幌市内の山林で練炭自殺した陸自3佐は死ぬ前に「米兵と一緒にいたら、殺されてしまう」と漏らした。彼は第2次イラク復興支援群の警備中隊長に抜擢され、04年から約4か月をイラクで過ごした。宿営地が迫撃砲による攻撃を受けたり、状況は極めて過酷だったようだ。

 あるとき、米兵の輸送車を護衛していた自衛隊の車両の中にいたイラク人運転手を、米兵がゲリラと勘違いして発砲してきたことがあったという。弾は外れて、ほかの自衛隊の車に飛んできた。こうしたことでPTSDになり、自殺したのではないかといわれている。

 また、イラクへ派遣された隊員は1日2~3万円の日当が出たため、それをねたんで嫉妬され、イジメにあうケースもあったそうだ。

 第一次安倍内閣で内閣官房副長官補(安保・危機管理担当)をつとめた柳澤協二氏はこう話す。

 「自衛隊全体で隊員10万人あたりの自殺者数を計算すると30~40人となり、これは世間一般の1.5倍と多い。しかしイラク派遣部隊の数字は、さらにその約10倍になるのです。
 にもかかわらず、自衛隊員の死についての議論になると、安倍首相は『これまでも訓練や災害派遣で1800人が殉職している』と発言した。自衛隊から死者が出ることなど、首相にとっては議論の前提でしかないかのようですね」

 こんな最高指揮官の下で命を投げ出そうという自衛官がどれだけいるのだろうか。

 自衛隊、中でも過酷な海上自衛隊に自殺者が多いことについて、NHKのキャスターから海自のメンタルヘルス・カウンセラーになった山下吏良1等海尉に、ビジネス情報誌『エルネオス』(2011年2月号)でインタビューしたことがある。

 彼女によれば、いったん航海に出れば気が合わない人間とも一緒にいなくてはならないため、イジメにあったり疎外感を抱いてしまう人が多いそうだ。

 酒やギャンブルに溺れて多重債務に陥り自殺する者も多くいる。

 「死ねって言われたら指揮官の下にみんなで死ななければならないとか、どうしても視野を狭くする教育をされていますから、ゼロか百かになってしまっている人が時々いるのです」(山下さん)

 身分証をなくした、酔っ払って制服を電車の網棚に置き忘れてしまっただけで自殺する。艦に戻る時間に遅れるとの理由で近くにあった自転車を盗んで捕まる者もいる。

 インド洋へ補給活動に行くとき、「息子をそんな危険なところへやるなら、辞めさせる」と言ってきた親もいたそうだ。

 「自衛官はいざとなったら危険と隣り合わせだということは別の世界の話だと思っている人は、たしかにいますね」(同)

 いくら安倍首相が「死ぬリスクはない」と言い張っても、これまで以上に危険なところへ派遣される自衛官は、それが嘘だということを知っている。法案が通れば大量の離脱者が出るのではないか。それを一番心配しているのは安倍首相本人かもしれない。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 どの週刊誌も一斉に首都圏大地震が来ると書き立てている。頻繁に起こる震度5クラスの地震や箱根山、口永良部島(くちのえらぶじま)の噴火も不気味な予兆のように思える。
 いま政府がやるべきは、戦争できる国づくりではなく、首都圏を含めた大地震から国民の命をどう守るかであるはずだが、安倍首相の頭の中は「戦争法案」をつくることで一杯のようである。困ったものだ。

第1位 「FIFA対USAのキックオフ」(『ニューズウィーク日本版』6/9号)
第2位 「首都直下地震と破局噴火に備えよ!」(『週刊文春』6/11号)/「巨大地震発生! その時、あなたは『エレベーターの中』」(『週刊現代』6/20号)/「首都巨大地震は必ず来る」(『週刊ポスト』6/19号)
第3位 「『枕営業は売春』の迷判決で救われた『銀座6丁目のママ』」(『週刊新潮』6/11号)

 第3位。週刊誌は「奇想天外」な迷判決を出した始関正光(しせき・まさみつ)裁判官に感謝すべきであろう。
 銀座のクラブのママが上客に来てもらいたくて月に何回か関係を持った。そのことを知った客の妻が、そのママを相手取って損害賠償を求めて提訴した。理由は、夫の不貞行為のために夫婦の信頼関係は危機に瀕し、別居生活に至ったからだというものである。
 このことは夫も認めている。しかし、件のママのほうは、客は本当の不貞の相手を隠すために自分のことを持ち出したのだと反論している。
 そこで始関裁判官はこのような判決を下したのだ。

 「ソープランドに勤務する女性のような売春婦が対価を得て妻のある顧客と性交渉を行った場合には、顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず、何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから、(中略)妻に対しては不法行為を構成するものではないと解される」

 クラブのママやホステスは、顧客を確保するために様々な営業活動を行なっており、客の要求に応じて性交渉をする「枕営業」と呼ばれる営業活動をする者も少なからずいることは「公知の事実」だから、結婚生活の平和を乱したとはいえないとして、妻側からの請求をあっさりと棄却してしまったのである。
 『新潮』は「枕営業は正当な“業務”であり、銀座のクラブの料金は、客との同衾(どうきん)を見越して設定されているという空前の“迷判決”」だと仰天している。
 夜ごと銀座に繰り出していたときにこの判決を知っていたらホステスに、料金にはセックス代が含まれているのだから、これからオレとホテルへ行かないと過剰請求で訴えるぞと言えたのに……。
 妻の代理人の青島克行弁護士によると、始関裁判官は法廷で、「何を根拠に請求するのか。これはソープランドと同じで、慰謝料請求なんかできないだろう」と言い放ったというのだ。
 同弁護士によると、最高裁の判例では、どんな事情があれ既婚者とわかっていて関係を持てば、相手の家庭を壊したという理由で慰謝料が認められているという。
 もし、この妻が夫を訴えたらどうなったのだろうか。始関裁判官は、枕営業に応じただけだから不貞ではないといって棄却するのだろうか。原告側はあきれ果てたのか控訴しなかったそうだが、高裁ではどんな判決が出るのか聞いてみたかった。
 このような裁判官なら、妻の浮気に対して慰謝料を要求する夫に対して、「妻というのはカネで買われた売春婦だから、ほかの男と愛情を持たない性交渉を持ったとしても、それだけで夫婦の平和を乱したとは言い難い」などという判決を下すかもしれない。

 第2位。地震記事大好きの『現代』はもちろん、『ポスト』も連続して地震記事を特集し、『文春』も巻頭で首都直下型地震や大きな被害をもたらす破局噴火に備えよと大声で叫んでいる。
 『文春』はマグマ学の権威とされる巽好幸(たつみ・よしゆき)神戸大教授を引っ張り出して、こう言わせている。

 「首都直下地震は日々発生する確率が上がっていきます。今日起こらなければ明日の確率はさらに上昇するのですからロシアンルーレットのようなもの。首都圏の下にある北米プレートの下には、フィリピン海プレートと太平洋プレートが沈み込んでいます。これまでも三枚のプレートが複雑に動くことで多くの大地震を引き起こしてきたのです。
 加えて房総半島沖には、三重会合点と呼ばれる三つの海溝(プレート間にある溝)が集まる地点が地球上で唯一存在しています。フィリピン海プレートは北西に向けて移動していますから、三重会合点の安定を保とうとする海溝もそれにあわせて西に移動していきます。これによりプレートにひずみが溜まり地震が頻発するのです。首都圏に地震が集中するのは当然のことで、ここに首都を置くというのは、率直に言って正気の沙汰ではないと思います」

 『現代』は大地震が襲ったとき、エレベーターに乗っていたらどうなるかを描いている。読んでいるだけでゾッとしてくる。
 『ポスト』は湯水の如く税金を使っているのに、地震予知に進歩のない気象庁を中心とする「予知ムラ」を批判し、予算をぶんどるマフィアではないかとまで難じている。
 死と同じように「必ず来る」首都圏大地震が起これば、天文学的な被害が出ることは間違いない。首都機能を移転するのはあたりまえだし、首都圏4000万人といわれる人口を地方に分散することも早急にやらなければならない。
 地震が起これば必ず起こる火災にどう対処するのか、課題は山積みである。一日も早く手を付けるべきなのに、安倍首相は暇ができれば外遊ばかりして、真剣に取り組もうとはしない。週刊誌はもっともっと危機感を煽り、どうすればいいのか具体策も示してほしい。

 第1位。『ニューズウィーク日本版』が「FIFA対USAのキックオフ」と題してFIFAの大騒動を報じているが、日本の週刊誌はあまり関心がないようだ(『ポスト』が、FIFAの問題を対岸の火事のようにタカをくくっている日本サッカー協会への批判をグラビアでやっているが)。だが、こんなにスケールが大きくておもしろい「贈収賄事件」はないと思うのだが。

 「長らく疑惑の目が向けられてきたFIFA(国際サッカー連盟)の『反則行為』に厳罰が下るかもしれない。米司法省が先週、スイス当局(FIFAの本部はジュネーブにある)と連携して、FIFA関係者14人を大掛かりな不正利得やマネーロンダリング(資金洗浄)などで告発したのだ。『これは詐欺のワールドカップだ』と、米国税庁のリチャード・ウェブ捜査官は発言。現時点で1億5100万ドルの不正資金を突き止めたことに触れ、『今日、FI FAにレッドカードを突き付ける』と宣言した」(『ニューズウィーク』)

 これまでもFIFAの腐敗は言われ続けてきた。なかでも10年に18年と22年の開催国を同時に決定したことに、世界の心あるサッカーファンから「疑惑」の目が向けられた。
 18年はロシア、22年はワールドカップに一度も出場したことのないカタール。カタールは夏の平均気温が50度にもなる。
 これまでFIFAも内部調査に着手したことはあるが、「倫理違反は確かに存在したが、投票プロセスに影響はなかった」という不可思議な発表をしただけだった。
 この数十年、FIFAには腐敗の疑惑がつきものだったが、FIFAはのらりくらりとスキャンダルをかわし、生きながらえてきた。
 今回不思議なのは、起訴された幹部の多くは外国籍で、アメリカに住んだことはない。それなのになぜ彼らをアメリカ(具体的にはニューヨーク東部地区)で立件できたのか? アメリカの裁判所には、彼らを裁く管轄権がないのではないのか?

 「ここが今回の司法省の戦略の鮮やかなところだ。問題となった不正な資金の大部分は、銀行間の電信送金によって支払われていた。そしてこれらの銀行のサーバーがニューヨークにあった。つまり汚職幹部への送金が、ニューヨーク東部地区にあるサーバーを経由していたことを理由に、アメリカの司法当局はその取引に対して管轄権があると考えたのだ」(同)

 また起訴状によると、彼らはしばしばニューヨークで贈収賄計画を協議する会合を開いていたという。つまり共謀行為はアメリカで進められていたのだ。
 『ニューズウィーク』は、この事件をアメリカが本腰を入れてやろうとした背景には、94年のW杯開催国になった当時は「サッカー後進国」だったアメリカが、サッカー大国へと変貌したことがあると指摘している。
 W杯の「パートナー」と呼ばれる有力スポンサー5社のうち、コカ・コーラ、米ビザはアメリカ企業であり、07年から10年に当時のパートナー企業(日本のソニーも入っていた)6社からFIFAが受け取ったスポンサー料は106億ドルにもなると、『ニューズウィーク』は報じている。
 長年FIFAを牛耳ってきたブラッター会長(79)が6月2日、突然辞意を表明したのは、自身へ捜査の手が伸びるのを恐れたためではないかと言われている。
 FIFAの次はIOC(国際オリンピック委員会)かもしれない。スポーツの祭典でカネを儲けている輩は日本にもいるのではないか。これからの捜査の進展に大注目である。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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