祇園祭のある7月の京都は、一日の吉符(きっぷ)入りから三十一日の疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)までの1か月、まさに祭り月だ。その立て役者といえば、神の使いとして祭りを司るお稚児さんである。お稚児さんとは、8歳から10歳の小学生が神霊の宿る対象「よりまし」の役割を担う生稚児(いきちご)で、7月17日の前祭(さきまつり)山鉾巡行では、神霊の降臨したお稚児さんが山鉾に乗って町々を巡り、はびこる疫病を退散させるのである。昔はすべて山鉾に生稚児が乗っていたが、現在、山鉾に生稚児が乗って巡行するのは、先頭を行く長刀鉾(なぎなたぼこ)だけである。

 神の使いとなるため、7月13日は八坂神社で「稚児社参」の儀式が行なわれる。この日、お稚児さんはお祓いを受けて「お位もらいの式」が行なわれ、正五位少将の位と十万石の大名の格式を授かる。このときからお稚児さんは、公の場で地面に足を着けることさえ許されない存在となり、移動するときは付き添いの剛力(ごうりき)に抱えられるか、騎馬しなければならなくなる。まだ幼い子どもだけれど、女人禁制の祭儀なので、大役を終えるまでは母親さえ近づけないまま、食事や着物の着付けなどの一切は男の手だけで進められていくのである。

 すっかり前置きの説明が長くなってしまった。今回の主題は稚児社参の「お位もらいの式」でお供えされる稚児餅である。八坂神社南門前の二軒茶屋・中村楼(東山区)では、儀式を終えたお稚児さんを迎え入れ、風呂を用意してもてなしている。さぞ、ほっと一息をつくことだろう。室町期創業と伝えられる中村楼では、代々八坂神社の氏子として、男の手だけでつくられた稚児餅を供物として奉納している。お稚児さんのおもてなしの席では、主人が茶を点てて、供物され賜った稚児餅を振る舞っているという。稚児餅は竹串に刺した餅に白味噌を塗って焼いた菓子で、稚児餅を食べれば、夏痩せすることなく、疫病をよけることができると伝えられている。この日から7月31日までの間は、一般の人も門前の甘味処で食べることができる。


甘い白味噌を求肥で包み、氷餅を散らした三條若狭屋(中京区)の祇園ちご餅。中村楼の稚児餅を参考にして大正時代に考案されたもので、白味噌と求肥の合わせといい、粽風の菓子包みといい、京都らしさが際立つ餅菓子だ。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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