元来の天狗とは、中国の物の怪であり、古代には彗星の尾に例えられ、災厄のきざしと考えられていたという。日本で見られるもっとも古い天狗の記述は、『日本書紀』に流星を天狗と表したものが残されている。十世紀以降になると、平安中期の『宇津保物語』や『源氏物語』では、神通力を使う超自然的な存在として、災厄をもたらすものとして登場する。平安後期の『大鏡』では、三条天皇の目の病の原因は、比叡山の天狗だろうと語られている。さらに、同時期の『今昔物語集』を見ると、鳶(とび)のような嘴(くちばし)や翼を有する、半人半鳥のような怪物として描かれている。ようやく現代の天狗のイメージに通じる姿が登場する。

 鼻の高い天狗像が実体化されたのは、室町時代の絵師・狩野元信(かのう・もとのぶ)の描いた、鞍馬大僧正坊図というのが定説になっている。鞍馬大僧正坊というのは、正しくは護法魔王尊と呼ばれ、650万年前に金星より飛来し、鞍馬山(左京区)に鎮座したという時空を超越した存在である。祈祷書『天狗経』によると、天狗は日本の四十八か所にいるとされ、そのうちの八か所にいる鞍馬山僧正坊、愛宕山(あたごさん)太郎坊、比良山(ひらさん)次郎坊、飯綱三郎(いづなのさぶろう)、大山伯耆坊(だいせんほうきぼう)、彦山豊前坊(ひこさんぶぜんぼう)、大峰山前鬼坊(おおみねさんぜんきぼう)、白峰相模坊(しらみねさがみぼう)は、極めて神通力の強い大天狗だと伝えられている。

 京都は周辺を囲むように、鞍馬山、愛宕山(右京区)、比良山(滋賀県大津市)の三か所に大天狗が鎮座しており、歴代の大火の際には、天狗が巨大な団扇(うちわ)で消してくれた、などという逸話がたくさん残っている。京都に天狗と名の付く店(うどん屋やラーメン屋、マッサージ店、居酒屋、焼き肉店など)が不思議なほど多いのは、歴史的な偶像として親しんできた証しであろうか。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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