1983年に公開された映画『東京裁判』は講談社がアメリカ国防総省にあった長大なフィルムをもとに、小林正樹氏を監督に迎えて製作したものである。プロデューサーは私の講談社の先輩で仲人でもある杉山捷三(しょうぞう)氏。最初は黒澤明に依頼したが多忙のため断られた。

 1年の予定だったがシナリオができるのが大幅に遅れ3年かかり、制作費も膨らんだが、東京裁判(極東国際軍事裁判)で有罪判決を受けたA級戦犯たちの生々しい姿を見ることができる貴重なドキュメンタリーである。

 この裁判で死刑判決を受けたのは軍人6人、文民は廣田弘毅(ひろた・こうき)(外務大臣・総理大臣)だけである。

 彼ら戦犯たちの末裔はどのような戦後を送ってきたのかを『週刊現代』(8/15・22号)が特集している。東條英利氏(国際教養振興協会代表理事・42)は戦争開戦時に首相兼陸軍大臣だった東條英機の曾孫にあたる。英利氏がこう語る。

 「イジメや差別ということでは、祖父や父の世代はずっと過酷だったと聞きます。祖父はどこの会社にも雇ってもらえず、祖母の内職で食いつなぐしかなく、経済的にも苦しかった。父の場合は小学校の先生が担任を引き受けたがらなくて、クラスが決まらなかったそうです。(中略)
 父は幼少期、短気で気の強いところがあったそうですが、私が30歳を過ぎて一緒に晩酌をしていたときに、突然涙を流したことがありました。そのとき幼い頃から東條英機の孫ということで背負ってきたものの重さはいかほどであったかと実感しました」

 英利氏も曾祖父の名前が出てくるのを避けるために、高校の社会科は日本史ではなく世界史を選択したという。大学を出て通信販売の会社に勤めた。

 「サラリーマン時代には駐在員として香港に4年ほど滞在しました。海南島に行くと曾祖父がひざまずいている像があったり、歴代日本の首相の肖像があしらわれた茶碗で東條のところだけが消されたものが売られていたり、嫌な思いもしました」(英利氏)

 東條家では「(英機について)一切語るなかれ。何と揶揄(やゆ)されようと、忍の一文字で堪え忍ぶように」という家訓があるそうだ。「当然、曾祖父に敗戦の責任はあると思います」(英利氏)。だが、伝え聞いている曾祖父の素顔は子煩悩で少し気が弱いごく普通の日本人だった。官邸に呼ばれて総理を拝命した際には緊張のあまり小便をちびりそうになったという。

 文民の廣田弘毅の孫にあたる廣田弘太郎氏(75)は、祖父と同じ外交官の道も考えたというが、三菱商事に入社し、航空機部に所属した。戦闘機などの輸入の仕事をやっていたが、その後、ゼロ戦技術の継承者たちの奮闘で、三菱重工のMU(1970年代後半に開発した双発小型ビジネスジェット機)を作り輸出するようにまでなった。

 アメリカ駐在もあったが、弘太郎氏は家系のことは話さなかったという。彼は声高に祖父の名誉回復を訴える気はないというが、靖国神社に祖父が合祀されていることには違和感を覚えると語っている。

 「原則として靖国に祀られるのは兵隊、軍人の英霊です。その意味で、祖父はそもそも祀られる資格がない。(中略)生前さんざん対立した軍人たちと一緒に祀られるのもどうだろうという気持ちもあります」

 先日、戦争中に外務大臣を務め、東京裁判で禁固刑20年の判決を受けたが、服役中に病死した東郷茂徳の孫・東郷和彦氏(70)と話す機会があった。元外務省条約局長、父親も外務事務次官という三代外交官の家系だ。

 同様にA級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに3年間いた岸信介は開戦時の商工大臣だった。岸の女婿が安倍晋太郎元外相、息子の晋三が現首相という三代政治家の家系である。

 東郷氏は「遺族として合祀はありがたいことだ」と朝日新聞(2014年8月15日付)で語っているが、首相の靖国参拝は一時停止するべきだと、私に話した。

 さらに安倍首相の70年談話は50年の村山談話を一層深化させ、侵略、植民地支配、お詫びというキーワードを入れて、世界に発信するべきだとも言っていた。

 そうすることによって中国、韓国との緊張関係が緩和され、話し合いの糸口が見えてくるはずだと、私も思う。

 話を戻そう。A級戦犯として処刑された土肥原(どいはら)賢二陸軍大将の孫・佐伯裕子氏(68)は歌人である。戦争犯罪者の家族として苦悩してきた父・実氏を見続けてきて、家族だけが知るその姿を歌に残したいと思ったからだという。裕子氏はこう話す。

 「祖父が処刑される前に残した『何も弁解するな。どんなことでも受け入れなさい』という言葉を幼いころから母に教えられてきました。私が最初に出した歌集のテーマは『沈黙』」

 もう一人だけ紹介しよう。国際連盟脱退や三国同盟に関わった外交官で、A級戦犯被告ながら公判中に死亡した松岡洋右(ようすけ)の兄の孫にあたる松岡満寿男氏(80)は、国会議員も務めた人だが、満州から引き上げてきたときこう感じたという。

 「戦時中は『鬼畜米英』と言っておきながら、戦争が終われば、手のひらを返したようになる。私たちも『戦犯の一族』ということで石をぶつけられるような扱いだった」

 安倍首相を除いて、戦争犯罪人の末裔たちはそれぞれ重い戦後を抱えて生きてきたのである。

 私は、戦時中、自覚的に反戦活動をやっていた人を除いて、軽重はあるにしても国民皆に戦争責任はあると思う。先の東郷氏が言っているように、その後の世代にも責任はある。「それは、日本という社会に日本人として生きているかぎり、私たちは歴史の重みを背負って生きているからである」(東郷氏)。そのために歴史を学ぶのである。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 今週は合併号だから、生ネタが少ない。『文春』の小泉進次郎ぐらいしかないが、本当は、こういうときこそ企画ものでメシを食っている『現代』や『ポスト』が頑張らなければいけない。それにしても、このところの『フライデー』のつまらなさはどうしたことだろうか(ため息)。
 
第1位 「小泉進次郎(34)が抱いた復興庁の女」(『週刊文春』8/13・20号)
第2位 「2015年上半期『ヒンシュク大賞』を決定するぜっての」(『週刊ポスト』8/21・28号)
第3位 「七回忌で実弟の告白!『姉、大原麗子は高倉健に恋していた!』」(『週刊新潮』8/13・20号)

 第3位。今週はあまり読むところのない『新潮』だが、ワイドで目を引いたのは七回忌を迎えた大原麗子の実弟・政光氏が、姉は高倉健に恋していたと告白している記事である。
 大原が森進一と離婚してから建てた豪邸は健さんの自宅から10分足らずの距離で、電話番号は健さんが用意してくれたのだという。末尾はレイコと読める「0015」。携帯電話もプレゼントしてくれて「末広がりで縁起が良いから」と、末尾が「8888」。政光氏がこう話す。

 「2度目の離婚後、姉は私に“誰にも言っちゃだめよ”と、健さんへの好意を暗に認めたことがありました。心の奥底では、ずっと健さんと一緒になりたかったのだと思います」

 大原の死後、政光氏のところに桐の箱に入った線香が届き、ほどなく健さんが大原の墓前で手を合わせる姿が見られたという。
 映画『居酒屋兆治』がまた見たくなった。

 第2位。お次は『ポスト』恒例のビートたけしの「ヒンシュク大賞」だが、私はこういうのが好きである。
 だが佐村河内守(さむらごうち・まもる)や号泣男の野々村竜太郎がいた昨年に比べるとやや小粒感は否めない。
 まずは妻子のある年下議員との「路チュー不倫」がバレた中川郁子議員。

 「中川昭一さんの未亡人か。この人もズレてるよな~。不倫がバレた後もまた男と会ってたのを週刊誌に『生足デート』とスッパ抜かれて、『生足じゃない』って反論したのには笑ったな。問題はそこじゃないって。もっと問い詰めたらイク子さんは『私はナマでやってない』とか言い出しそうだな」(たけし)

 ちなみに郁子は「いくこ」ではなく「ゆうこ」と読む。
 維新の党を除名になった上西小百合議員については、

 「あのダッチワイフみたいなメークのネエチャンか。だいたい議員の数が多すぎるからこんなバカげたことが起こっちゃう。(中略)国会議員は政治と社会常識を問う期末試験を毎年やって、成績が悪けりゃバッジを剥奪したほうがいいね」(同)

 引退を発表した橋下徹大阪市長については、

 「結局、この人は落ち目のアイドルと一緒だよ。引退コンサートで最後にカネをかき集めて、そのあとはヌードになって、AVになって……。今後もきっといろんなネタを切り売りして話題作りをするんじゃないの。だけどテレビそのものが凋落している中で、その手法の模倣ってのも限界があるだろうけどな」(同)

 今年前半最大の話題といえば「大塚家具」の父と娘の大げんかだ。

 「このケンカ、実は大塚家具にはオイシイことばかりなんだよな。カネ出さずにニュースやワイドショーがガンガン『大塚家具』って名前を宣伝してくれるし、株価は上がるわでさ。CM効果にすりゃ、数十億円レベルだぞ。オイラはいまだに狂言親子ゲンカじゃないかって疑っているね」(同)

 とまあ言いたいことをぶちまけて、今回の大賞は大塚家具の父と娘だとさ。

 第1位。がらっぱちの八五郎が我が家に飛び込んできて「て、て、てえへんだ! 政界のプリンス小泉進次郎に『初ロマンス』だと『週刊文春』がやってますぜ」と大声で叫ぶ。
「どれどれ」と読んでみれば、お相手は進次郎氏が大臣政務官を務める復興庁の元職員(30)で藤原紀香似の美人。しかも彼の秘書をしていたというのだ。さすが『文春』、天晴れ天晴れ、甘茶でかっぽれ。
 まあ、進次郎氏も34歳の男盛り。ガールフレンドの一人ぐらいいたっておかしくなかろうが、何やらこの二人訳ありのようなのだ。
 A子さんは東北の出身で、祖父は病院を経営する地元の名家だという。彼女は専門学校を卒業して県庁の職員をしていたときに、当時交際していた彼氏と結婚して退庁した。
 だがなぜか去年の春に離婚してしまったそうだ。その後50倍近い倍率の試験を通過して復興庁の職員になり、上司に抜擢されて秘書席へ配置換えになったという。そこで『文春』によれば、進次郎氏と理(わり)無い仲になったようである。
 次のシーンは7月24日の未明、場所は小泉家御用達の東京プリンスホテルの一室。

 「静まりかえるホテルの廊下には、二人の会話が響いていた。進次郎氏の低い声とA子さんのはしゃぐような早口の高い声は両方ともよく通る。(中略)
 A子『ワタシ変なこと言ってたらやばいんだけど。私ずっと誰の会員にもなってなかったんですけど。罰ゲーム(笑)』
 進次郎『じゃあ、無理矢理好きだって思いこめば』
 とりとめない会話が続く。
 だが六十分後、突然進次郎氏の雄叫びが響いたのだ。
 『来いよ! えぇ!』
 いつの間にか、たわいない会話は男女の甘い声へと変わっていた」

 この部屋は一泊2万円の“質素”な部屋だったと『文春』が書いている(よく調べてるね)。もっといい部屋なら廊下で聞き耳を立てている記者に二人の声は聞こえなかっただろうに。
 深夜2時頃、A子さんは部屋から抜け出して都内の自宅へ帰っていった。進次郎氏が起きたのは朝の9時半だったという。
 『文春』のすごいのはこれからだ。逢瀬の翌々日、A子さんは成田空港にいた。1年間北米に留学するのだという。A子さんに直撃して、当夜撮影した写真を見せると表情をこわばらせたままゲートをくぐって行ってしまったそうだ。
 進次郎氏はどうか? 記者の質問にはひと言も答えず車に乗り込んでしまった。
 二人の恋は世界を駆ける恋になるのだろうか。ひょっとするとバツイチ美女と政界のプリンスの仲睦まじい姿が、ニューヨーク・マンハッタンのカフェあたりで見られるかもしれない。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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