「えらい、すいまへんな」。京都で数日過ごせば、二、三度は必ず耳にするだろう。「どうもすいません」とか、「どうもありがとう」を意味する方言である。「えらい」は、京都でいろんな意味に使い分けられる、たいへん便利なことばである。

 例えば、「えらい人出やわ」とか「えらいぎょうさん」といえば、「たいへんな」や「たくさんの」という意味になる。「えらいことになってしもた」ならば「とんでもない」だ。さらに「今日はえらいなー」といえば、「しんどい」ということばと同じで、「つらい」「苦しい」「疲れたなー」といった状態を表す時に使われる。「えらー」と、単に語尾を延ばせば、しんどくて、やるせない気持ちを強調して表すこともできる。語源は一説に、江戸時代に使われるようになった俗語で、けやけく峻(するど)いことを意味する「苛(いら)しけない」が転じたとされている。

 京都の人は、いろいろと縮めて使いこなす。「えらしり」は「よく知ってること」。「えらでき」は「よくできること」。「えらうけ」ならば「すごく評判がよい」という意味だ。「えらい(行)き」というのもあって、「たやすいこと」を表している。昔からのことばだが、とても現代的である。


523段あるという、えらいしんどい階段を上がると、そこに豊臣秀吉が眠る。東山の阿弥陀ヶ峰山頂の豊国廟にて。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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