9月5日、昭和の大女優・原節子(本名・会田昌江)が、敬愛した小津安二郎監督が屋敷を構えた鎌倉の地で静かに息を引き取った。享年95。

 『週刊文春』(12/10号、以下『文春』)によれば、肺炎が悪化し、神奈川県内の病院に運ばれたのは8月中旬のことだった。ただ入院当初は、彼女の病状は親族の間でも楽観視されていたという。50年以上にわたって原と同居していた甥の熊谷久昭氏がこう語っている。

 「看取ったのは私を入れて五人ほどでした。
 生前、元気な頃に遺書を書くと言っていたのですが、結局残さずに逝ってしまいました。私にとっては贅沢を許してくれない、うるさい叔母さんという感じでしたね」

 原は大正9(1920)年6月17日、横浜市保土ケ谷区で会田藤之助・ナミ夫妻の2男5女の末っ子として生まれた(『新潮45特別編集 原節子のすべて』〈新潮社〉より)。

 『週刊新潮』(12/10号、以下『新潮』)によれば、女学生時代には教育家になろうと考えたり、英文学をやろうと思っていたという。

 原の父親は日本橋で衣類関係の問屋を営んでいて、恵まれた幼少期を送ったかに見えるが、親しい友人たちによれば、そうでもなかったようだ。

 「お母さんがかわいそうな人でね。関東大震災の際、沸騰した鍋を頭からかぶってしまったのです。近所で“小町”と言われるほどきれいな人だったのに」

 さらに1929年の世界恐慌で生糸の価格が暴落して家が傾き、「昌江ちゃんはいつも同じ服ばかり着る“着た切り雀”になった。卒業後は、横浜高等女学校に進んだのですが、家計を助けるため、2年で中退してしまったんです」

 義兄で映画監督の熊谷久虎(ひさとら)氏の推薦を受け日活撮影所に入社する。映画デビューは「ためらふ勿(なか)れ若人よ」。原は15歳だった。

 その後引退までの28年間で、小津安二郎監督などの作品を含む112本に上る映画に出演した。華やかな映画スターとして一時代を築いた原だったが、引退後は一転、映画関係者との接触をすべて断ってしまった。

 突然の引退の理由は様々にいわれている。真っ先に上がるのが実兄で映画カメラマンの会田吉男の事故死である。昭和28年、映画『白魚』の撮影中、会田はカメラを持ったまま機関車にはねられ、命を落とすのだ。

 だが、こうした見方もある。ある日、撮影所で、原が岡田茉莉子にこんな話を打ち明けたという。

 「『今朝、鏡に向かったら、片方の目が見えないのよ』とおっしゃるのです。昔は、フィルムの感度が悪かったので、眼にライトを強く当てないと、綺麗に映らなかったのです。特に原さんはクローズアップの表情が美しかったですから、他の女優よりもライトを多く浴びていたと思います。
 また引退の二年前に公開された『秋日和』の撮影中には、『畳の上での芝居がしづらくなってきたので、もうやめたいの』と弱気におっしゃられたのです。その原因が眼の病気かどうか分かりません。ただ小津さんの映画は畳の上での演技が多いことは間違いありませんものね」

 甥の久昭氏も引退の原因は白内障によるものだと考えているようだ。

 引退後の準備は万全だったという。何しろ『新潮』によれば、1951年、公務員の初任給が6500円にすぎなかった時、原の出演料は映画1本あたり300万円を超えたそうだ。

 「そのたびに、都内の狛江や練馬、杉並などの土地を購入したそうです」と映画評論家の白井佳夫氏が語っている。

 原が芸能界を去って31年を経た1994年のことだ。

 「国税庁が発表した前年度の高額納税者75位に、原の本名、會田昌江の名が載りました。納税額は3億7800万円で、所得総額は13億円近かったはず。隠遁する前まで住んでいた東京都狛江市の800坪余りの土地を、電力中央研究所に売却したんです」(古手の記者)

 だが、彼女の隠遁生活は極めて質素だったと久昭氏が『文春』で話している。

 「もちろん彼女が一人で食べていく分には困りませんでした。八十代の頃までは、うちの車で葉山のあたりに一緒に買い物に行くことはありましたが、主に食材とか日用品を買うだけで、洋服は買わなかったですね」

 タバコは初老の頃に止めたそうだが、お酒は90歳を過ぎても「小さい缶ビールを一日一本飲んでいましたね」(久昭氏)

 意外といっては失礼だが、テレビを見るより本が好きで、それも社会問題に関する本を読んでいたという。「経済問題や、イスラム国などの国際情勢や地球温暖化問題などにも興味をもっていました」と久昭氏が言っている。

 『新潮』では、日経の経済面なんかに特によく目を通していて、株をちょっとやっていたそうである。「詳しくは知りませんが、損したり儲けたり、だったのだと思います」(久昭氏)

 “永遠の処女”といわれた原節子だが、男性の影はあったという指摘は多い。

 よく言われるのは小津監督との関係である。小津が還暦の誕生日に亡くなったため、小津に殉じて隠遁生活に入ったとよく言われる。だが、小津の妹・山下トクは、生前、2人の関係をこう述懐していたという。

 「私は、おそらく兄は、原さんのことが好きだったと思います。ただ、兄は仕事と私生活を切り離して考えようとしていました。あれだけの大女優を個人で所有するものではないと割り切ろうとしていたんじゃないでしょうか」(『文藝春秋』1989年9月号)

 小津には長年の恋人であった小田原の芸者がいたことも、2人の仲を遠ざけていたのかもしれない。

 その他にも東宝のプロデューサーだった藤本真澄(さねずみ)や、驚くことに義兄であり映画監督の熊谷久虎氏の名前も挙がっている。

 原を取材しているノンフィクション作家の石井妙子氏がこう解説する。

 「原節子と熊谷久虎氏は二人だけで生活した時期もあり、久虎氏が亡くなるまで、その傍らから離れることはなかった。(中略)男女関係があったかは噂の域を出ませんが、強固な精神的な結びつきがあったのは間違いありません」

 『新潮』には次のようなエピソードも載っている。2004年に89歳で物故した矢澤正雄さんとの仲である。矢澤さんは陸上短距離の代表選手としてベルリン五輪に出場し、帰国直後の36年秋、日独合作映画『新しき土』の撮影でドイツに渡る前の16歳の原節子と出会った。
 よく落ち合って餅菓子を食べに行ったりしていたと矢澤氏は語っていたという。だが、順調だった2人の交際も戦争の波にのみ込まれる。
 戦地へ行っても文通は続けていた2人だが、43年、無事復員した矢澤さんは、「本当に生きていてくれてよかった」という原の歓待に、「なにをおいても彼女と一緒になろう」と決心したという。

 だが、厳格な父に「ああいう華やかな仕事をしている人は、お前のためにならない」と大反対され7年に及んだ恋愛は潰えたという。親に反対されて結婚を諦めるようでは、この恋は本物ではなかったのではないか。

 藤本真澄とはこんな話がある。昭和20年代、下北沢にあった「マコト」という喫茶店でアルバイトをしていた藤井哲雄さんが(85)こう証言する。

 「ある日ママに“明日は藤本先生が来るから2階の部屋をよく掃除しておいて”と言われました。すると翌日の昼下がり、のちに東宝映画社長になる映画プロデューサーの藤本真澄さんが、後ろから原節子さんが現れたんです。それから1年ほど、月に1、2回は従業員に暇が出され、建物が2人に提供されていました」

 大物プロデューサーと女優の逢い引きは、今なら写真誌の格好のターゲットであろう。永遠の処女は恋多き女でもあったようである。だが、引退してからは彼女のところを尋ねてくる男の影はなかったようである。彼女の晩年の姿を狙ったカメラマンも何人かいたが、彼らも、アップではなく遠景に留めておく程度の良心はもっていた。そして原節子は、今もその日本人離れした美しい姿をスクリーンに残したまま、静かに消えていった。

 私は原節子の映画の中では『晩春』(1949年)と『秋日和』(1960年)が好きだ。『晩春』で原節子は笠智衆が演じる大学教授の娘。母親を早く亡くし、父の面倒を見ているうちに「お嫁に行きたくない、お父さんと一緒にいるほうが幸せ」だと、「擬似近親相姦的」(白井佳夫(よしお)氏)絆ができてしまう。婚期に遅れた娘を嫁がせるために父親は再婚するふりをして、娘を結婚させるという物語である。結婚式を終えて、家に帰ってきた笠智衆がひとりでぽつんとお茶を飲むシーンが印象的である。

 『秋日和』は、司葉子の母親役。夫を亡くした美しい未亡人と、婚期を迎えても結婚しない娘を巡る話だが、梅原龍三郎の薔薇、山口蓬春(ほうしゅん)の椿、高山辰雄の風景画、橋本明治の武神像図、東山魁夷の風景画などの実物の名画が画面を彩っているのも見所である。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 私はミステリーが好きだ。高校生の頃は江戸川乱歩や松本清張を乱読し、社会人になってからは外国の翻訳ミステリーを好んで読んできた。だが、最近、堪え性がなくなったせいか、最後まで読み通せるものが少なくなった。先を読むのが惜しくなるようなワクワクするようなミステリーを年末年始には読みたいものである。

第1位 「マイナンバー汚職 逮捕された厚労省の役人がぶちまけた!『オレよりもっと悪いヤツがいる』」(『週刊現代』12/19号)
第2位 「枝切り鋏事件『三角関係』頂点にいた女の役回り」(『週刊新潮』12/10号)
第3位 「ミステリーベスト10 2015」(『週刊文春』12/10号)

 第3位。『文春』恒例の「国内海外ミステリーベスト10 2015」を少し紹介しよう。
 国内の第1位は『王とサーカス』(米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)、東京創元社)。第2位は『流』(東山彰良(あきら)、講談社)。第3位は『戦場のコックたち』(深緑野分(ふかみどり・のわき)、東京創元社)。第4位が『ミステリー・アリーナ』(深水黎一郎、原書房)。第5位が『鍵の掛かった男』(有栖川有栖(ありすがわ・ありす)、幻冬舎)。
 海外は第1位が『悲しみのイレーヌ』(ピエール・ルメートル、文春文庫)。第2位は『スキン・コレクター』(ジェフリー・ディーヴァー、文藝春秋)。第3位が『ありふれた祈り』(ウィリアム・ケント・クルーガー、ハヤカワ・ポケット・ミステリ)。第4位が『声』(アーナルデュル・インドリダソン、東京創元社)。第5位は『偽りの楽園』(トム・ロブ・スミス、新潮文庫)。
 私がこの中で読んだのは、『悲しみのイレーヌ』『ありふれた祈り』、7位に入っている88歳の元殺人課の刑事が主人公の『もう過去はいらない』(ダニエル・フリードマン、創元推理文庫)、『流』ぐらいである。
 その中でお薦めは『もう過去はいらない』。先日北方謙三氏にも薦めておいたが、格好いいジジイ・ハードボイルドの傑作だと思う。

 第2位。8月13日に、元プロボクサーで慶應大法科大学院生だった小番一騎(こつがい・いっき)(25)が、妻の不倫相手で弁護士の陰茎を切り取った事件は、衝撃を与えた。
 その裁判が11月26日に東京地裁で開かれ、その模様を『新潮』が伝えている。そこで冒頭陳述が読み上げられたが「小番の奥さんと被害者のセックスに関する話ばかりで、かなり驚きました」(傍聴人の一人)。港区内に事務所を持つ弁護士のところに、小番の奥さんAが勤め始め、7か月後に「被害者は、Aと共に、港区内の寿司屋で食事を取り、飲酒した後、事務所に戻り、同所内で初めてAと性交した。Aは嫌がる様子を見せなかった」(冒陳より)
 2人は何度も逢瀬を重ね、Aは嫌がる素振りを見せず「被害者の陰茎を口淫した」(同)という。
 しかし、弁護士がAのことをあだ名で呼んだことで2人の関係がおかしくなり始めた。そんな時、帰りが遅いことで妻を小番が咎め、喧嘩になった。Aは「上司からセクハラされて悩んでいる」と「嘘」をつき、強いショックを受けた小番が、逆上して弁護士事務所に妻と赴き、ボクシングで鍛えたパンチを浴びせた後、「被告人は、持っていたリュックサックから前記はさみを取り出し、被害者のズボンを脱がせ、左手で陰茎を取り出し、右手に持ったはさみでこれを切断した」(同)。切ったペニスは共用トイレに流してしまった。
 被害者の弁護士は緊急手術を受けたが、「陰茎が根元から1センチ程度しか残っておらず」「現在、被害者は、小便用便器での排尿は不可能」(同)だという。
 妻の浮気が2人の男の人生を大きく狂わせてしまったのである。

 第1位。『現代』はマイナンバー制度に関する贈収賄事件で逮捕された厚生労働省情報政策担当参事官室室長補佐の中安一幸(なかやす・かずゆき)氏(46歳)の独占インタビューに成功した。
 中安氏が逮捕されたのは10月13日。マイナンバー制度導入に備えた社会保障分野でのシステム構築事業について、厚労省が'11年10月に公募した企画競争で、ITコンサルティング会社に便宜を図り、現金約100万円を受け取ったという容疑である。
 メディアは彼のことを「異色の官僚」と呼び、週の半分以下という勤務態度やブランド物で身を固めていることなどを取り上げ、派手に遊び歩いているなどと報じた。
 だが中安氏本人は、ITに関する知識と、事業を実現する行動力がずば抜けていたことは事実だと認めながら、それ以外は事実ではないとこう話している。

 「出勤していなかったのも、遊び歩いていたからじゃない。六本木で豪遊していたとも言われていましたが、僕は酒を飲めませんからね」

 親しかったIT会社の社長から100万円をもらったことは認めているが、それも自費で仕事をしていたからカネがなく、それを見ていた社長が「カネを世話してやる」と言われて受け取ったので、便宜を図るつもりもなかったと話す。
 マイナンバー制度の導入が始まった14年から15年に、その事業を取り仕切った人物こそが警察が狙う「本丸」だとも言っている。
 贈収賄事件の進展がどうなるかは不透明だが、彼のいっているマイナンバー批判は一聴の価値がある。

 「これからさらに、マイナンバー絡みの問題が頻発するのも間違いない。なぜなら、そもそも番号を国民全員に配るというのが、間違っているからです。
 国民の情報を国が一括して管理するなら、番号なんて配らなくても、省庁同士が連携すればいいだけの話でしょう。そして、『国で一元管理してもいいですか。政府を信用できますか』と国民に問えばいいんです。
 でも政府は、国民から信用を得られず、マイナンバーを導入できない事態になるのを恐れたんでしょう。そこで、正しい導入のプロセスを踏まず、カードを配るという逃げを打った。(中略)
 カードを配れば、番号を売り買いする人間が必ず出てきます。誰が売るのかといえば、情報を管理している者しかない。つまり省庁の役人です」

 彼は「僕以上の『悪人』が逮捕されることになれば、本当の汚職官僚は誰かがわかる。そして、マイナンバーがいかに不安だらけな制度かも、明らかになるはずです」と言っている。
 遅配、誤配などが頻発しているマイナンバーだが、そんな表面的なことではなく、なぜこんな曖昧な制度を3000億円といわれる血税を使って拙速に政府がやろうとしているのか、原点にかえって問い直されなければいけない。サラリーマン川柳だかに「マイナンバー いつの間にかナンマイダー」というのがあったが、こんなものは早く葬ったほうがいい。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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