京都のお雑煮は、まったりとした甘めの白味噌仕立て。正月三が日のお雑煮を食べる前には、「オイワイヤス」と言ってから食べる。新しい一年の家族みなの幸福を祈り、いつもの「いただきます」を言い換えて、こう言うのである。正月は誰もが「おめでとう」と挨拶し、「おめでとう」と返す。なんとも幸せな、心持ちのよい習慣である。

 昨年亡くなられた仏文学者で、江戸時代から続く呉服商の家に育った杉本秀太郎(ひでたろう)さんに、正月の習わしについてうかがう機会があった。杉本家の正月の朝は、まず仏前で挨拶を済ませた後、ととのえた食膳を前に家族がそろい、当主の「オイワイヤス」に続き、家族が「イタダキマス」と声を合わせ、新年最初の食事が始まるのだと言っておられた。

 かつて室町の商家では、年越しにお決まりの挨拶があった。まず、大晦日には係りが得意先を回り、「いよいよ押し詰まりまして、本年は格別のお引き立てにあずかりまして、ありがとうございました。どうぞ来年もよろしゅうお願いします。よいお歳をお取りになりますように」、というような挨拶をしていた。そして、年が明けて五日になると、分家や独立した別家の主人が主家に参上し、「新年明けましておめでとう存じます。日々(にちにち)は厳しいお寒さでございます。平日(へいじつ)は申し訳もございません。ごぶさた申し上げております。みなさま、おそろいあそばしまして、ご機嫌よろしゅうございますか。旧年中は、ひとかたならぬお世話になりまして、厚くお礼申しあげます。どうぞ今年もよろしゅうお願い申しあげます」と、ご祝儀を申し入れた。すると、本家の大奥さんは、こんな感じに受けるのがふつうであった。「あけましておめでとう。仰せのとおり、日々はお寒いことです。旧年中はみなご苦労さんになりまして、また今年もよろしゅうお願い申します。ただいまはご一統から、結構なおみやげありがとう」。

 このような正月ならではのやりとりが、昭和のはじめごろまで続けられていたそうだ。当時の奉公人の正月は、といえば、年末になると「オシキセ」という着物と小遣い銭などを主人にいただき、三が日は休暇をもらい実家などに帰っていた。


京都市北東、比叡山麓の赤山禅院拝殿の屋根で鈴と御幣を持ち、都の表鬼門を守る神猿。申年の初詣は例年以上に賑わう。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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