1990年代、東京の映画ファンのあいだでは「ミニシアター」がブームだった。大手が上映しないチャレンジングな作品が見られる、小規模な劇場。そこには、娯楽性一辺倒のハリウッド映画には見られない「アート」の愉悦がたしかに存在したのだ。

 2016年1月7日。ミニシアター文化を牽引する存在であった、渋谷・スペイン坂上のシネマライズが閉館した。これは一つの劇場が幕を閉じたというだけではなく、シネフィルのメッカとしてのシブヤにとどめをさした重大事であったろう。最盛期、このエリアには20館近くのミニシアターがあったが、ここ数年は閉館のニュースが相次いでいた。

 『アメリ』『トレインスポッティング』『ムトゥ 踊るマハラジャ』……。映画史の上で、「ミニシアターからヒットした映画」として名前を挙げられる作品の多くが、シネマライズ発であった。建築家・北川原温(きたがわら・あつし)氏がデザインした外観も評価が高く、誘蛾灯のように銀幕を愛する若者たちを暗やみに誘い込んだ。この劇場から巣立っていった映画人も多い。

 幸か不幸かわからないのが、ミニシアター系映画の人気が高まりすぎたことだ。客が入りそうにない作品だからこそ、買付価格は安く抑えられ、そのぶん利益が出るという寸法だったが、ヒットすることが業界に理解されれば競合が始まる。昨今はシネコンでもアート系作品が上映される機会が多く、これではミニシアターがかなうはずもない。時代の趨勢と言ってしまえばそれまでだが、文化の発信基地としてのシブヤの凋落と相まって、往事を知る者にはつらい一件であった。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   


結城靖高(ゆうき・やすたか)
火曜・木曜「旬Wordウォッチ」担当。STUDIO BEANS代表。出版社勤務を経て独立。新語・流行語の紹介からトリビアネタまで幅広い執筆活動を行う。雑誌・書籍の編集もフィールドの一つ。クイズ・パズルプランナーとしては、様々なプロジェクトに企画段階から参加。テレビ番組やソーシャルゲームにも作品を提供している。『書けそうで書けない小学校の漢字』(永岡書店)など著書・編著多数。
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