いま、ひそかな箒ブームが起きている。

 箒は100円ショップやホームセンターで安く手に入れることもできるが、ブームになっているのは棕櫚(しゅろ)箒、江戸箒、南部箒などの老舗箒店の職人たちの手による高級品だ。

 価格は数千円から、1万円を超える高価なものまであるが、ネット通販では「売り切れ」になることもあるという。

 日本に、箒が掃除道具として登場したのは平安時代と言われており、宮中で1年の煤払いをするために使われるようになった。だが、どのような素材で作られていたかまではわかっていない。

 箒の素材が明確になるのが江戸時代で、棕櫚箒と竹箒がよく使われるようになる。とくに、家屋に板間が広がったことで普及したのが棕櫚箒だ。

 棕櫚はヤシ科の植物で、その棕櫚皮の繊維を束ねて、棒の先に大きな筆状や刷毛状にして括りつけたものだ。棕櫚の繊維は弾力があり、耐水性にも優れており、埃や髪の毛などの細かいゴミも集めやすい。また、棕櫚の繊維に含まれる脂分が床や畳に自然な艶を出す効果ももたらしてくれる。

 さらに時代が下って、江戸後期になって登場するのが座敷箒(江戸箒)だ。こちらは、素材にホウキモロコシというイネ科の植物が使われている。一般庶民の家屋にも畳が普及するようになり、その畳の目にくい込む穂先が適していることからホウキモロコシを使った座敷箒が使われるようになったのだ。

 今、箒ブームで注目を集めているのが、棕櫚箒や江戸箒など、江戸時代からの職人の技を受け継ぐ伝統的な箒だ。

 戦後の高度経済成長によって一般家庭に電気掃除機が普及するにつれ、箒は廃れていったが、東日本大震災を機に再び注目が集まるようになっている。

 2011年3月11日に起きた地震と津波は、東日本一帯に大きな爪痕を残し、その後に続く東京電力の福島第一原子力発電所の事故は、関東全域に深刻な電力不足を引き起こした。そして、「掃除ができない」「ごはんが炊けない」「照明が使えない」など、ふだん当たり前にできていることが、停電ひとつでできなくなった。電気に頼り切った暮らしが、いかにもろいものかを多くの人に知らしめることになったのだ。

 その経験が、人々を昔の道具へと導くことになった。

 箒は、電気がなくても掃除ができるだけではなく、ほかにもたくさんのメリットがある。 掃除機では入り込めない家具と家具の隙間からも埃を掃き出すことができる。また、ザッザッと畳の上をすべる箒の音は心地よく、掃除機のように「ウィーン」という耳障りな音もしない。アパートやマンションなどの集合住宅でも、時間を気にせずに掃除ができるのもいい。

 とくに棕櫚箒は、掃除するだけで床に艶を出してくれるので、フローリングのマンションなど現代の家屋にも適しているのだ。

 吊るして保管すれば、穂先にクセもつきにくく、10~20年は使えるという。最終的に処分することになっても、素材が植物なので環境に大きな負荷を与えることもない。

 忘れられた古い道具のように思われていた箒は、環境への取り組みにも行き詰まりが見えてきた今、反対に未来的な道具といえる。

 「掃除は、電気掃除機でするもの」という固定概念を捨て、掃除をする場所や用途に合わせて使いやすい道具を、自ら考え、選ぶ時代になっているのだ。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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