「土用の丑の日」に、鰻を食べるようになったのはいつの頃からなのか。

 諸説あるが、江戸時代の中期に、夏に鰻が売れないと悩んでいた鰻屋のために、蘭学者で発明家の平賀源内が考えた営業戦略が始まりという説が有名だ。

 「丑の日に『う』の字がつくものを食べると夏バテしない」という民間伝承にヒントを得て、鰻屋の軒先に「本日、丑の日」と書いて張り出させたところ、鰻屋は大繁盛するようになったという。その手法を他の鰻屋も真似するようになり、土用の丑の日に鰻を食べる習慣が定着したと言われている。

 その習慣は現代でも続いており、総務省統計局の家計調査によると、毎年7月の土用の丑の日は、鰻の蒲焼きへの支出が突出して高くなっている。

 だが、本来の鰻の旬は10~12月だ。寒さを凌ぐために脂肪を蓄え、身がやわらかくなった鰻は、冬になるにつれて旨みを増してくる。平賀源内の営業戦略があたって鰻屋は繁盛したものの、旬ではない鰻を夏に食べるのは、自然の摂理には反している。

 しかも、土用の丑の日が鰻を食べる日として人々に印象づけられたことで、「土用」の本来の意味は脇においやられてしまった感がある。

 土用は、土旺用事(どおうようじ)と呼ばれていたものが縮められたもので、木火土金水で表す陰陽五行のひとつだ。陰陽五行では、木=春、火=夏、金=秋、水=冬に割り当てられており、土は季節と季節の移行期間に存在する。

 最近では、丑の日の鰻のイメージが強いため、土用は夏にしかないように思う人もいるかもしれないが、実際には年に4シーズンあり、立春、立夏、立秋、立冬の前の18~19日間が土用期間となっている。

 土には、「死んだものを浄化する」「植物を育てる」という2つの作用がある。その土を、異なる季節と季節の間に置くことで、物事がいったん土に還り、新たな命が育まれるように、次の季節に円滑に移り変わっていくと考えられている。

 土用は、この土の気が強く働く期間と考えられており、土木工事、井戸掘り、農作業など土をいじる行為がタブーとされている(ただし、土用の間、土に関する作業が何もできないと、現実的には暮らしに影響を及ぼすので、数日間は「土用の間日(まび)」といって土に触ってもよい日が設けられてはいる)。

 このように、土用は次の季節までの移行期間なので、体を休め、次に物事を進めるための準備期間にするのがふさわしいとされている。とくに、夏の土用は二十四節気の大暑と重なり、一年でもっとも暑い時期だ。無理して体を動かすと、体調も崩しかねない。

 鰻はビタミン類やカルシウムが豊富で、栄養価の高い食品だ。旬を外れていても、夏のこの時期に鰻を食べるのは、案外、理にかなっているのかもしれない。だが、土用の本来の意味を忘れて、ふだんと同じように動き回ってしまったら、元も子もない。

 今年の土用の丑の日は、7月30日(土)だ。 鰻販売のキャンペーン戦略に乗るのも悪くはないが、この期間はふだんよりも少しペースを落として、土用があけた立秋から順調に物事を始めるための準備期間にあててみてはいかがだろうか。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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