京都を代表する漬け物の一つ、「しば漬け」。この名称は、1185(文治元)年頃に、比叡北西麓にある大原(京都市北部)で生まれた。鎌倉期の大原は、すでに京の都では有名な存在であった。なかでも、炭や薪、柴などを売る「大原女(おはらめ)」はよく知られていたそうだ。その大原の寂光院(じゃっこういん)に、源平合戦で敗れた高倉帝の后、建礼門院(けんれいもんいん)が、御髪(おぐし)をおろして入山された。言い伝えによれば、建礼門院に村人が、茄子と茗荷と紫蘇を塩漬けにした漬け物を献上したところ、女院が「紫葉(紫蘇)漬けか」とおっしゃり、その「紫葉(むらさきば)」を重箱読みしてそれ以来「しば漬け」という呼び名が広まっていったそうである。

 山間にある小さな盆地の大原では、現在も「しば漬け」用の「ちりめん赤しそ」という品種が栽培されている。実はこの赤紫蘇が他に類を見ないものであり、「しば漬け」が大原産たる由縁となっている。なんでも周囲を山に囲まれた環境で育てられてきたため、交雑から守られ、赤紫蘇の原点に最も近い品種が受け継がれているという。さらに、山裾に降りる冷気や霞が紫蘇に上品な香りや繊細な食感をもたらすそうだ。品種に関しては製薬会社から論文が発表されている。

 この赤紫蘇の収穫は夏である。収穫後、秋にかけて「しば漬け」が漬け込まれる。徐々に乳酸発酵が進み、赤く酸味の強い本物の「しば漬け」が、秋頃以降になると食べられるようになる。だから、「しば漬け」を春頃に買い求めた場合、いちばん発酵が進んだ非常に酸い味になっていることを憶えておこう。しば漬けがひねてきたら、酢や醤油などで調味してから食べるといい。これを「味しば」や「味しば漬け」と呼び、漬け物店で販売もされている。

 現代の京都で可愛らしい大原女姿を見ることはなくなったが、盛夏には軽トラックいっぱいに赤紫蘇を摘んで売り歩く習わしは健在だ。京都では原産地が大切にされており、たとえ「千枚漬け」中心の漬け物店で「しば漬け」を買っても大丈夫。真似をして作るということはほどんどなく、大原に依頼したものを取り扱っているので、安心して食べられる。


しば漬けを漬け込んでいるところ。発酵が進むほどに重石が沈み込んでいく。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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