東京遷都の後、明治期の京都にぽっかりと空いた空白を埋めるように進められた都市開発は、蕪(かぶら)畑が一面に広がっていた岡崎(左京区)の近代化であった。琵琶湖からひかれた疎水によって蹴上(けあげ)発電所が建設され、その電力は、1895(明治28)年に開催された第4回内国勧業博覧会に合わせ、日本で最初の市街電車(市電)を走らせることになった。この内国勧業博覧会は、平安遷都千百年紀念祭に合わせて京都で開かれたものであり、このときに構想された最大の政策は、岡崎に平安神宮(当初は平安神社)を建立し、その祭神として平安京の基礎を築いた桓武(かんむ)天皇(737~806)の神霊を、御所(東京)から遷座することであった。

 無事に完成した平安神宮の奉祝行事として、1895年に実施されたのが、時代祭の原点となる「時代行列」である。この行列は、桓武天皇の代である延暦時代の文官参朝列と武官出陣列の行列に始まり、それ以後の時代を追って当時の衣装や行列の様子を克明に再現するものであった。初回の時代行列は延暦時代以降、藤原時代の列、城南流鏑馬(やぶさめ)列、織田信長上洛列、徳川城使上洛列の6列による行列で、これに明治維新に活躍した丹波国の山国(やまぐに)隊と弓箭(きゅうせん)組が、笛や太鼓などの鳴り物を伴って参加した。

 この時代行列は、翌1896年から平安神宮の正式な祭礼として10月22日に実施されることが決められた。この日は長岡京から平安京に遷都された日である。この年から祭神である桓武天皇の神霊を奉じた神幸列が、行列に新たに加えられた。その後、山国隊が維新勤王隊に変わり、新たに楠公(なんこう)上洛列、豊公(ほうこう)参朝列、合祀された孝明天皇の神輿行列、幕末(維新)志士列、室町幕府執政列、室町洛中風俗列などが、時代を追って徐々に増えた。現代の祭列の数は20列となり、総勢2千数百人が参加する一大行列へと発展し、春の葵祭、夏の祇園祭と並ぶ、京都三大祭の一つとして数えられている。


時代祭「豊公参朝列」の様子。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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