1月5日、日本老年学会、日本老年医学会という老年研究の権威といわれる連中が、今の日本人の年寄りはまだまだ若いから、65歳を高齢者とする従来の定義に「医学的根拠はない」として、高齢者を75歳からにしたほうがいいという提言を出したことが大きな波紋を呼んでいる。

 その根拠は、現在の70代の知的機能は10年前の60代に相当する。65歳以上の通常歩行速度は男女ともに11歳若返っている。咀嚼に必要な歯の数は20本だそうだが、そこまで減る年齢は1957年には男50歳、女45歳だったが、2011年には男女ともに65歳になっている。

 そうした研究を踏まえて、特に65歳から74歳の前期高齢者は、心身の健康が保たれ、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めていると分析し、そのような結論に達したのだというのである。

 そこで65歳から74歳までを「准高齢者」とし、75歳以上を「高齢者」とするという。

 前期高齢者、後期高齢者というのも嫌な言葉だが、准高齢者というのも虫ずが走る気がする。シルバーというのも、誰が考えたのか能のないネーミングだ。

 いっそのこと74歳までは「はなたれ小僧と小娘」、75歳からは「お迎えが近い人」とでもしたらどうか。

 『週刊ポスト』(1/27号、以下『ポスト』)で、白澤卓二・白澤抗加齢医学研究所所長が、提言が出された背景をこのように解説する。

 「今回の高齢者の定義見直しは政治的な背景を意識した提案と考えていい。今後高齢者の医療費や介護費用が増えていく一方で、支え手となる生産年齢人口は減っていく。このままでは社会・経済的に成り立たなくなるだろうから、高齢者の定義を見直すというのが学会の議論のスタートだったはず。学会は財政上の理由とは言いにくいでしょうが、そう理解していい」

 『週刊新潮』(1/19号)も、これは年金受給後ろ倒しの「大陰謀」ではないかと批判する。

 そもそも提言を出したこの会のワーキンググループが設置されたのは第二次安倍政権が発足した翌年。最初から高齢者年齢を75歳以上とするのはどうかという意見があり、何のことはない、75歳を高齢者と定義して、段階的にそこまで年金支給開始年齢を引き上げていく大義名分づくりがこの会だったようだ。

 そのための布石も着々とうってきている。

 「政府は確定拠出年金法を改正し、今年から専業主婦でも国民年金と別に自分で保険料を払う確定拠出型年金に加入できるようにした。また、同じタイミングで雇用保険の対象を拡大し、65歳以上でも職を失えば失業手当を受給できるようにしました」(年金問題に詳しい北村庄吾・社会保険労務士=『ポスト』)

 それだけではない。膨らみ続けている医療費を増やさないために、75歳未満は全員、病院の窓口負担を3割に引き上げるつもりだそうである。

 高齢者が75歳以上になると、65歳から74歳までの1752万人が「現役」と見做され、年金、医療、介護などの高齢者福祉が受けられなくなる。

 『ポスト』の計算では、標準モデル世代(元サラリーマンの夫と専業主婦の妻)の夫婦合計の年金受給額は月額約22万1279円だが、支給開始が10年延期されると、単純計算で10年分約2655万円がもらえなくなる。

 医療費は、現在70歳以上の1人当たりの国民医療費は平均年間82万円で、2割負担で計算すると自己負担額は約16万4000円だが、これが3割になると24万6000円になる。

 さらに原則65歳から給付を受けられる介護保険も、75歳までは自己負担しなければいけないとすると、『ポスト』の計算では、75歳の支給開始まで約1000万円を丸ごと自己負担しなければいけなくなるという。

 さらに自治体が行なっているバスや地下鉄乗り放題の敬老パスや、福祉タクシー利用券、水道料金の減免なども、75歳以上に引き上げられるはずだ。

 さらに75歳までは収入があれば厚生年金や、健康保険の保険料の半分を自己負担しなくてはいけない。

 最大の問題は、超優良企業や手に技術を持っている人間なら、定年以降も働く場所はあるかもしれないが、健康だけが取り柄の年寄りに、無年金を補うだけの仕事があるとは思えないことである。

 『ポスト』の言うように、「シニアの雇用内容や雇用条件、年金、医療などの根本的な見直しが行なわれないまま高齢者年齢が引き上げられれば、働きたいシニアの理想と現実は乖離してしまう」(シニア雇用問題にくわしい長嶋俊三氏)はずだ。

 安倍政権の言う「1億総活躍社会」とは、ジジイもババアもカラダが動くうちは働け働け、そうしない奴は牢屋にぶち込むぞというおぞましい社会なのである。

 こうした考えは安倍だけの専売特許ではないところに、真の恐ろしさがある。将来の総理だと持ち上げられている小泉進次郎ら若手議員がまとめた「人生100年時代の社会保障へ」という提言がある。

 一見、「多様な生き方・働き方をする人たちのための社会保障を」「企業で働く方全員のための勤労者皆社会保険制度の実現」「所得の低い勤労者は社会保険料負担を免除・軽減」などの美辞麗句が並んでいる。

 だが結論は、年金支給開始年齢の引き上げの議論を直ちに開始せよというものだ。さらに恐ろしいのは、「健康ゴールド免許」をつくるというのだ。

 医療費が膨らむのは生活習慣病やがん、認知症への支出が多いからだと決めつけ、現行制度では「健康管理をしっかりやってきた方も、そうではなく生活習慣病になってしまった方も、同じ自己負担で治療が受けられる」から、自助努力をして病気にならないようにしてきた人に対して不公平だという。

 そこで健康維持に取り組んできた人が病気になったときは「自己負担を低くすることで、自助を促すインセンティブを強化する」べきだというのである。

 さらに、湿布薬やうがい薬のようなものは自己負担してもらい「公的保険の範囲を見直すべきだ」とも言っている。

 これを読んで私は、かつて障がい者や難病の患者は安楽死させろと唱えたヒットラーの「優生思想」に通じる考え方ではないかと、ゾッとした。

 『ポスト』によれば、医療が進み、人間ドックなどへ行けばその人間の「健康年齢」を測ることができるそうだ。

 そうした年1回の人間ドックを義務づけ、要注意といわれた人間にはカラダに計器を取り付け、毎日の食事から運動量を指示され、それができない人間は非国民として監獄へ放り込まれる。

 これはSFではない。安倍政権と官僚たちだけでなく、若手政治家の間でも主流になっている考え方ではないかと、私は思っている。

 医者にかかりたくてもカネがないために行けない貧困層は年々増え続けている。NPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏が毎日新聞(1月14日付)で書いているように、年金収入が少ないのに、生活保護受給は恥ずかしいことだと考える高齢者は少なくない。

 70代の無年金状態の男性は、困窮していたのに「生活保護だけは嫌だ」と拒み続けていた。ようやく説得して申請書を書いたときは「ありがとう」と涙を流していたが、その後、自殺してしまったという。

 こうした現実に目を背け、貧困に喘ぐ人たちを「自己責任」と切り捨てる安倍自民党政権に、万人が安心して生きることができる社会保障制度など考えられるわけはない。

 弱者、年寄り、障がい者切り捨て政治から訣別するために、早く解散をしてくれと願うこの頃である。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 講談社のマンガ雑誌の現役編集次長が、妻殺しの疑いで逮捕されてから1週間以上が経つが、出版界の動揺は収まらない。講談社は、逮捕された人間は『進撃の巨人』の担当ではないと打ち消しに躍起だ。だが、彼が編集長(当時)のときに連載を開始したのだから、担当ではなくても深く関わったことは間違いない。罪(もし彼の疑惑が冤罪でなければだが)は憎んでも、その人間の功績は真っ当に評価してやるべきだと考える。彼は間違いなく優秀なマンガ編集者ではあったのだから。

第1位 「『筑波大留学生失踪事件』国際手配されたチリ人を追え!」(『週刊新潮』1/19号)
第2位 「日本株爆騰、これからが本番だ」(『週刊ポスト』1/27号)/「1月20日 株価爆騰に備えよ」(『週刊現代』1/28号)
第3位 「大人気! 日本の名酒『獺祭』が変だぞ」(『週刊現代』1/28号)

 第3位。獺祭(だっさい)という日本酒は、好きで昔はよく飲んでいた。だが今はまったく口にしない。
 安倍首相の地元山口の酒だからだ。安倍が辞めるまで獺祭断ちをしている。
 『現代』によれば、安倍が自らセールスもしていることもあって売れ行きがいいので、蔵元の旭酒造は、大量生産体制を整えようと、古い蔵を壊して12階建ての工場を建設し、昔ながらの杜氏の勘に頼ることなく、近代的な醸造機材を大量投入して、新入社員でも均質な酒を造ることができるようにしているという。
 元々獺祭は古い酒ではない。山口県岩国市にある旭酒造は48年設立で、獺祭を作り始めたのは90年代初頭だそうだ。
 こうした大量生産で、獺祭の味が変わったという声が、日本酒好きの間で出ているというのだ。
 昨年末には、ボトルの中に虫が混入していることが発覚している。
 私は最近この酒を飲んでいないからわからないが、日本酒はやはり杜氏が精魂込めて作っていると思って飲みたいではないか。
 獺祭も安倍同様、深い味わいもないただの酒になっていくのではないか。まあ、日本酒は星の数ほどあるから、飲むのには困らないがね。

 第2位。『現代』まで宗旨替えした。トランプバブルで株価暴騰するとはしゃいでいる『ポスト』と『現代』の株の記事。
 『現代』が株価が上がるとする根拠は、新大統領がトランプだからというわけではなく、アメリカの景気がすこぶるよいということらしい。
 それならトランプの大統領就任日に株価の暴騰に備えることもなかろうと思うのだが。
 第一、トランプのようなセールスマン的人間が大統領になって、株が上がって嬉しいのか?
 オバマ大統領は期待通りの結果をもたらさなかったかもしれないが、理想やビジョンを熱く語ったではないか。
 一国のリーダーに必要なのは、国の理想の形を国民に説くことである。そしてそれに向かって努力する姿を見せることである。
 トランプや安倍に決定的に欠けているのは理想やビジョンである。安倍の支持率が60数%に上がったというテレビ報道があったが、いまの安倍に支持率が上がる要素などまったくないはずだ。
 トランプバブルは間違いなく徒花で終わる。引き籠もりのツイッターオタクに、国を変える力も気力もありはしない。無責任に囃し立てることは、週刊誌の役割ではないはずだ。
 案の定、トランプが「ドルが高すぎる」と呟いただけで、あっという間に円高に振れ、株は続落している。トランプの発言に一喜一憂すると、日本経済は大海原で台風に遭った小舟のように、翻弄され、沈没することになりかねない。

 第1位。フランス東部、ブザンソンにある大学に留学中だった筑波大生・黒崎愛海(なるみ)さん(21)が行方不明になって5週間以上が過ぎた
 犯人は、彼女と交際していたチリ国籍のニコラス・セペダ・コントレラス(26)だといわれているが、チリに戻ったままで身柄は確保されていない
 そこで『新潮』がニコラスの足取りを追ってチリのサンティアゴへ飛んだ。さすがである。
 自宅のあるマンションは超高級地帯にあり、この地区は「貴族」というそうだ。
 父親は大手携帯電話会社の幹部で、母親はそこから約400キロ離れた市役所で働いていたが、昨年12月に突然退職したという。そして12月30日の午前11時頃、クルマで来た父親が、マンションに隠れていたニコラスを連れて行き、両親のいる街で家族と住んでいるといわれる。
 行方不明になっている女子大生はほぼ死んでいる、ニコラスにかけられている嫌疑は単なる殺人ではなく、綿密に計画された「謀殺」である可能性が高いと、ブザンソンの捜査関係者が話している。
 また、レンタカーの位置情報などの解析から、ブザンソン近郊の「ショーの森」を移動していることが判明していて、そこを捜索しているようだが、約2万ヘクタールもあり、すでに雪が積もり始めていて難航しているという。
 ニコラスという人間は真面目で、父親も教育熱心だと、近所では評判らしい。2人の間で何があったのか。
 フランス側からチリに対して、ニコラスの身柄引き渡しを前提とした拘束は求められていないという。
 こうした事件取材ものがほとんどの週刊誌から消えてしまったが、新聞、テレビとひと味違う週刊誌の事件記事をもっと読みたいものである。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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