円顔で鼻が低く、おでこと頬がふっくらとした愛嬌のある顔。いつ見てもほっこりする面立ちは、福を呼ぶ福相の典型といわれている。この独特の愛嬌のある顔はよほど日本人好みなのだろうか。関西では「お福」という呼び名で、店の入り口などに人形を飾る習慣がある。阿亀と似た面立ちは、狂言面の「乙御前(おとごぜ)」や、近世芸能の「ひょっとこ」と対の人気者「お多福」としても登場する。ところ変われば、ほかにもいろいろな名前があるそうで、あまりにあちこちで見かけるものだから、それぞれどんな由来があるのか、気になっていた人も多いはずだ。

 「阿亀」の発祥は、「千本釈迦堂」の通称で知られる大報恩寺(上京区)。「阿亀」とは、この寺の本堂を建てた大工、長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)の妻のことで、千本釈迦堂には逸話が残っている。あるとき高次は、大報恩寺の本堂建立という大仕事を任されるが、大切な柱を短く切ってしまう。そんな夫の窮状を見かねた阿亀は、柱を継ぐ枡組(ますぐみ)という技法を提案する。これが成功し、夫は窮地から救われるのだが、この美談はそのままでは終わらない。阿亀は安堵の一方で、棟梁ともあろうものが妻の助言で大仕事を成し遂げた、といわれては夫の恥だと憚り、上棟式を前に自害してしまうのだ。そして、上棟式の日。夫は亡き阿亀を偲んで「阿亀」のお面を扇御幣(おうぎごへい)に飾り、祈願感謝をしたという。この話が徐々に広がり、家を建てる棟上げのときに、阿亀の面とともに鏡や櫛など七品を飾って祈願するようになったそうだ。この風習は今も、建前の餅まきなどのお祝いとともに受け継がれている。

 千本釈迦堂の境内には、「おかめ塚」と大きくかわいらしい「おかめ像」がある。2月の節分会には、あでやかな西陣織の着物と赤い番傘で飾り立てたおかめ像が見られる。お参りすると、縁結びや夫婦円満、子授けの御利益が得られるといわれている。


千本釈迦堂の阿亀の像。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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