祇園の中でも花街の風情を色濃く残す巽橋(たつみばし、東山区)の一角。その傍らで、遊宴の地の歩みを昔から見守ってきた芸事上達の神が巽稲荷である。京都御所南東の辰巳の方角にあることから「辰巳大明神」と呼ばれ、「辰巳稲荷」や「祇園のお稲荷さん」などの愛称で知られている。

 御祭神は、巽橋にもともと棲んでいた狸だという。昔々、橋に棲みついた狸は、ここを通る舞妓や芸妓などを化かし、白川の水の中を歩かせたりして、住人たちを困らせていたそうだ。皆は困り果て、橋の片隅に祠を建てて狸を祀ったところ、通行人が惑わされることはなくなったという。以来、地域の守り神として大切にされている。年に四度ある神事には、伏見稲荷大社から神官がやってくるそうだ。ふつうは「お稲荷さん」といえば、狐だとばかり思っていたが、実は狸が祀られていることは少なくない。京都にもいくつかあるのだが、狸が神の使いとして大切にされている四国に行くと、狸の社が数多くあるそうである。

 桜の季節、石畳の道の祇園の新橋通りと緩やかに流れる白川沿いの白川南通りが合流する巽稲荷付近は、時代を忘れてしまうかのような風情が漂う。並び立つ家々は、伝統的な茶屋町の二階建てで、現在残されている建物の多くは、1865(元治2)年の大火の後に建て直されたものだ。一階部分は紅殻格子(べにがらごうし)に駒寄せを巡らせ、二階は座敷の造りになっている。二階部分の正面に縁を張り出して簾を下ろす様式が、花街ならではの情趣をしみじみと醸し出している。

 

   

京都の暮らしことば /    


板津久作(いたづ・きゅうさく)
月曜日「マンデー政経塾」担当。政治ジャーナリスト。永田町取材歴は20年。ただいま、糖質制限ダイエットに挑戦中。 結城靖高(ゆうき・やすたか)
火曜・木曜「旬Wordウォッチ」担当。STUDIO BEANS代表。出版社勤務を経て独立。新語・流行語の紹介からトリビアネタまで幅広い執筆活動を行う。雑誌・書籍の編集もフィールドの一つ。クイズ・パズルプランナーとしては、様々なプロジェクトに企画段階から参加。テレビ番組やソーシャルゲームにも作品を提供している。『書けそうで書けない小学校の漢字』(永岡書店)など著書・編著多数。 早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。 元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。 池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。 山田ゴメス(やまだ・ごめす)
日曜日「ゴメスの日曜俗語館」を担当。大阪府生まれ。エロからファッション、学年誌、音楽&美術評論、漫画原作まで、記名・無記名を問わず幅広く精通するマルチライター。『現代用語の基礎知識』2005年版では「おとなの現代用語」項目、2007年版では「生活スタイル事典」項目一部を担当。現在「日刊SPA!」「All About」の連載やバラエティ番組『解決!ナイナイアンサー」(日本テレビ)の相談員で活躍。著書に『「若い人と話が合わない」と思ったら読む本』(日本実業出版社)など。趣味は草野球と阪神タイガース。
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