君待つと わが恋ひをれば わが屋戸の 簾動かし 秋の風吹く

 強い想いを偲ばせたこの歌。万葉の女流歌人で天武天皇に嫁いだ額田王の歌で、一説に、天武天皇の兄である天智天皇に思いを寄せて詠んだものという。また、「すだれ」を意味する「簾」ということばが、日本の文献に初めて登場したとされる歌でもある。

 「すだれ」の語源には様々な説があり、最もそれらしい説は、葭(よし)や蒲(がま)を芯材とし、麻糸などで編んだものを「簀(す)」といい、これを「吊って垂らした」ところから「簀垂(すだ)れ」と呼ばれるようになった、というものだ。「すだれ」に似た、寺社仏閣で襖や障子の代わりにする「御簾(みす)」は、特別なしつらいの道具である。一方、葭や蒲を材料にした「すだれ」は、古くから庶民の生活道具として愛用されてきた歴史がある。

 京都らしい町家や長屋の夏の過ごし方は、密閉率の高い現代の住環境とはずいぶん違い、涼しく感じさせる演出があちらこちらに働いている。「すだれ」は、そんな涼感を演出する小道具としてなくてはならないものといえる。

 毎年6月に入ると、戸や窓を開け放ち、軒下には「すだれ」を吊す。2階の窓に吊っている「すだれ」は、日除けと目隠しを兼ねたもので、一年中吊ったままにしておくのが京都流儀である。また、1階の軒下に1/4丈ほどの短い「すだれ」が吊ってある。珍しいものではないが、何気なく見過ごしやすい。この丈の「すだれ」は、縁側への強い日差しを遮りつつ、外からの出入りをしやすくする。さらに、1階の縁側に座って2階を見上げたとき、上階の様子を視界から遮る機能も持っている。「すだれ」は、何気なく涼やかに、狭い住環境を機能的に活かすための便利な道具なのである。

 わずかに流通する琵琶湖産の葭でつくった「すだれ」が最高級品で、高級な料理屋や旅館などでは、京都風の風情を醸し出す小道具として珍重されている。最近は材料の入手が難しく、高価にもなったので、一般には入手しにくくなってしまった。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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