暑さが盛りになる土用の入りといえば、「う」のつく「鰻」や「牛」を食べ、精をつけるというのが世間一般のしきたりである。だが、京都では「あんころ」を食べる風習がある。「あんころ」とは、いわゆる「あんころ餅」のこと。搗(つ)いた餅を丸め、粒あんか、漉しあんで包んだ簡素な餅菓子である。

 「あんころ」という名前の由来は、「あんの上で餅を転がす」というところから起こっており、漢字では「餡転」と書く。「土用餅」と呼ぶ地域もあり、力をつけるという意味から、餅は搗いたものが縁起がよいとされている。地方によっては「餡餅」を略し、「あんも」や「あも」と呼んだり、禅寺とのつながりから「あんびん(仏事に用いる大福のような餅の意)」と呼んだりするところもあるようだ。滋賀県の菓匠、叶匠壽庵(かのうしょうじゅあん)には、求肥(ぎゅうひ)を粒餡で包んだ「あも」という名の棹菓子があり、比較的日持ちがするので「おもたせ」としても評判がよい。

 調べてみると、土用の入りに「あんころ」を食べる風習は、江戸中頃から見られるようになったようだ。さらに遡ると、暑気あたりを防ぐため、宮中で土用の入りに飲まれていた味噌汁につながっているという。この汁は、加賀芋(石川県特産)の葉を煮出したもので、餅米の粉を練って丸めた具を中に入れた汁物であったそうだ。

 実は、筆者はこの加賀芋が好物。毎年、金沢の知人から送ってもらう。これがまた、一般的な山芋とは比べものにならないほどのすごい粘りがあり、葉や茎、塊根部分などすべてが滋養強壮に優れ、古くから生薬として利用されてきたと聞いている。さぞかし煮出した汁も効能に優れることだろう。これまで毎年食べていた加賀芋が、「あんころ」発祥に通じているとは思いもしなかった。


和菓子店・仙太郎のしおりによると、「盛夏の土用、7月20日(年によって19日)。入りの日を土用太郎といい、この日に餅を搗いて、食べると暑気あたりを免れるという。別名はらわた餅ともいう」とある。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1700冊以上(総額750万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る