現行の性犯罪に関する刑法は、明治40(1907)年に制定されたものだ。性暴力被害者は女性が圧倒的に多いが、当時は女性の社会的地位が確立されておらず、法律の制定についても女性は意見を述べることもできなかった。本来なら、時代に即して法改正を行なうべきなのに、性犯罪については法律の条文と被害の実態が乖離しているとの指摘を受けながら長く放置されてきた問題だ。

 その性犯罪を厳罰化する改正刑法が、先の通常国会で成立。約110年ぶりに抜本的に見直されることになった。改正のポイントは次の通り。

・強姦罪の名称を「強制性交等罪」に変更。女性に限定されていた被害者に男性も含め、性交類似行為も対象にする。
・強姦罪の法定刑の下限を、懲役3年から5年に引き上げる。強姦致死傷罪の下限は懲役5年から6年に引き上げる。
・強姦罪や強制わいせつ罪などは、起訴するのに被害者の告訴が必要な「親告罪」規定を削除する。
・親などの「監護者」が立場を利用して18歳未満のものに性的な行為をすれば、暴行や脅迫がなくても罰する「監護者わいせつ罪」と「監護者性交等罪」を新設する。

 このほか、同じ現場で強姦と強盗をした場合、これまではどちらが先かによって法定刑の重さが異なる傾向があったが、「無期または7年以上の懲役」に統一し、罪名も「強盗・強制性交等罪」とされる。改正刑法は7月13日に施行され、今後、性犯罪は重い罪に問われることになる。

 性犯罪の厳罰化の流れをつくったのは、性暴力の被害者、支援者グループなど4団体からなる「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」だ。

 2014年に性犯罪に関する刑法改正の検討が始まったが、相変わらず性暴力の実態に即したものではなかった。被害にあった人たちは「他の犯罪に比べて法定刑が軽い」として、当事者の声を法改正に反映させるために、法制審議会に要望書を提出したり、理解を深めるための集会を開いたりしてきた。被害にあった当事者やその支援者たちが、勇気をもって声をあげてくれたおかげで、性犯罪を厳罰化する改正刑法は成立したのだ。

 だが、今国会では慣例を無視し、改正刑法より遅く国会に提出された共謀罪法を与党が優先したため、改正刑法が審議入りしたのは国会閉幕の約2週間前。参考人質疑も参議院法務委員会でしか行なわれず、十分な審議が行なわれたとは言いがたい。厳罰化されたとはいえ、多くの課題も残されている。

 強姦罪が成立するのは、被害者への「暴行や脅迫」が要件になっている。だが、必ずしも暴行や脅迫がなくても、性犯罪に遭遇するとフリーズ(凍り付き)という身体反応が出たり、関係性によって抵抗ができなかったりすることがある。そのため、要望書では暴行脅迫要件の撤廃、緩和を訴えていたが、「被害者の意思に反すると確信できなくても処罰されかねない」との反対論が多く、手つかずで残されることになった。

 また、親などの監護者が、18歳未満の者に行なった性的な行為等は、暴行や脅迫がなくても罰せられることになったが、立場の強い監護者は親や親戚などだけではない。スクールセクハラに代表されるように、親と同じような力関係については学校の教師、スポーツ指導者からの性的行為の強要も問題になっている。そのため監護者の対象を広げるように求める意見も多い。

 性的な暴力は「魂の殺人」といわれる。性暴力の本質にあるものは「支配欲」で、対象者をモノとして扱うことで自らの欲望を満たすのだ。だが、望まない性行為を強制された被害者の尊厳は著しく傷つけられる。そして、体だけではなく心にも深い傷を残し、その多くはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する。

 今回の改正刑法には、施行3年後の見直し規定が付則として設けられた。今回、指摘されながら、法律に盛り込まれなかった案件についても、この間に十分に審議を重ね、性犯罪が起こらない社会の実現を目指したい。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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