今年5月、痴漢を疑われた男性が駅のホームから線路に飛び降り、逃走する事件が相次いで起こったのを受け、「痴漢冤罪保険」に加入する人が増加しているという。

 販売しているのはジャパン少額短期保険というミニ保険会社で、他人にケガを負わせたり、自分が事故の被害者になったりして、損害賠償請求の手続きが必要になったときの弁護士費用を補償するというもの。特典として「痴漢冤罪ヘルプコール」というサービスがついているのが、「痴漢冤罪保険」と呼ばれるゆえんだ。

 痴漢の疑いをかけられたとき、事前に携帯電話やスマートフォンなどに登録しておいたホームページから通報すると、保険会社と提携している弁護士に一斉に緊急メールが送信され、対応方法を電話で指示してもらえる仕組みになっている。GPS機能によって通報した人の位置情報が伝えられるので、近くにいる弁護士がかけつけてくれることもある。

 保険期間は1年で、保険料は年額6400円(月額590円)。痴漢を疑われた場合、事件発生後48時間以内の弁護士の相談料、接見費用(交通費含む)を負担してくれる。ただし、サービスを利用できるのは保険期間中1回のみで、冤罪以外の場合は補償されない。男女問わずに契約できるが、契約者の9割が男性だという。

 いったん痴漢の疑いをかけられ、起訴されると、たとえ無実でも無罪を勝ち取るのは難しく、人生は大きく変わってしまう。痴漢冤罪に巻き込まれないためには、DNA鑑定などに備えて事件発生時点で証拠保全をしておく必要があるが、身に覚えがないのに、突然、痴漢を疑われて冷静な対応ができる人ばかりではない。転ばぬ先の杖として痴漢冤罪保険に加入する人が増えるのは、今の時代を反映している姿なのだろう。

 だが、痴漢冤罪が生まれる背景には、都市部での尋常ではない通勤ラッシュがある。7月11日から、東京都では小池百合子知事の肝いりで、通勤、通学客が多いラッシュの時間帯の混雑を緩和するため、企業や自治体が時差通勤に取り組む「時差Biz(ビズ)」キャンペーンが始まった。

 フレックスワークや在宅ワークの推進、時差通勤を推奨して、少しでも満員電車を解消するのが目的だ。だが、一時的なキャンペーンでは、痴漢冤罪が生まれる満員電車の解消は難しい。

 通勤を含めて働く環境を改善していくには、東京をはじめとした都市への人、モノ、カネの流れを見直していくような大胆な改革が必要ではないだろうか。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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