8月から高齢者の医療費や介護費の自己負担額が見直され、上限額が引き上げられる。

 戦後の日本は、高度経済成長を背景におもに現役世代の保険料や税の負担によって、社会保障の財源を賄ってきた。そして、高齢者は所得に関係なく「弱者」として扱われ、優遇されてきた。だが、人口の高齢化、若年層の雇用悪化、医療の高度化など、いまや社会構造は大きく変化している。これまでのように、現役世代に頼る負担構造では、医療や介護といった社会保障制度を持ちこたえさせるのは難しくなってきている。

 社会保障制度を持続可能なものにしていくために、2013年8月に出された「社会保障制度改革国民会議」の報告書では、これからの社会保障を「給付・負担の両面で世代間・世代内の公平が確保された制度」としていくことが示唆された。現在、社会保障制度改革は国民会議の報告書に沿って行なわれており、これまで聖域となっていた70歳以上の高齢者の負担にもメスが入れられることになったのだ。

 この8月に見直された高齢者の負担は、健康保険の「高額療養費」と介護保険の「高額介護サービス費」で、これに付随して2019年8月からは「高額介護合算療養費」も変更される。

 ただし、国民会議の報告書では「低所得層への配慮」という言葉が繰り返し使われており、負担が増えるのは、年金などの収入が一定額以上ある人に限定される。お金のない人からむしり取る無慈悲な改正ではないことを明示しておきたい。

●高額療養費
 医療費が家計に過度な負担をかけないように、1か月に患者が自己負担する自己負担額に上限をもうけた健康保険の制度。この制度があるおかげで医療費が高額になっても、際限なく医療費の自己負担額が増えていく心配はないが、一部の人の負担がこれまでよりも増える。
 70歳以上の人の高額療養費の所得区分は、「低所得者Ⅰ」「低所得者Ⅱ」「一般所得者」「現役並み所得者」の4つ。このうち、負担増となるのは一般所得者と現役並み所得者で、住民税が課税されており、年収がそれぞれ156万~約370万円および約370万円以上ある人だ。この区分の人の高額療養費の限度額が、「現役並み」は外来(個人)が月額44,400円から57,600円、「一般」は外来(個人)が12,000円から14,000円(年間上限144,000円)に引き上げられる。
 来年(2018年)8月からは現役並み所得者の所得区分が細分化され、さらに自己負担上限額が引き上げられる。

●高額介護サービス費
 介護保険は、原則的に65歳以上で介護が必要になった人が食事や入浴、リハビリなどのサービスを利用できる国の制度。利用した介護サービスの1割(高所得層は2割)を自己負担するが、高額療養費と同様に所得に応じた限度額があり、それを超えた分は払い戻しを受けられる。
 高額介護サービス費の所得区分は、おもに5つに分類されているが、今回の見直しで引き上げられるのは「一般」に区分されている人たちだ。具体的には、家族(世帯)のなかに住民税を課税されている人がいて、世帯内にいる65歳以上の人の年収が520万円未満(課税所得145万円未満)の場合、自己負担の上限額が世帯ごとに月額37,200円から44,400円に引き上げられる(ただし、介護保険の自己負担割合が1割の世帯は、446,400円の年間上限が設けられる)。

●高額介護合算療養費
 ひとつの世帯で、同時期に医療費と介護費の自己負担額が高額になり、両方を合算して一定額を超えると、さらに払い戻しが受けられる制度。同様の制度を、介護保険では「高額医療合算介護(予防)サービス費」という。
 2019年8月から、健康保険の高額療養費の現役並み所得者の限度額が細分化されるのに伴い、高額介護合算療養費も見直される。ただし、引き上げられるのは、現役並み所得者のなかでも年収約770万円以上の人たちで、他は据え置かれる。

 このほか、後期高齢者医療制度の開始から据え置かれてきた健康保険料の引き上げなどもあるため、高齢者の負担がここ数年で増加するのは事実だ。

 ただし、先の国民会議が示唆するように全体的には「負担能力に応じた負担」への見直しで、低所得層への負担増は求めていない。

 団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に達する2025年問題が一段落すると、2040年には1年間の死亡者数がピークを迎える多死時代となる。そうした社会のなかで、介護難民、死に場所難民を大量に出さないためには、これまでの負担の構造を大きく見直すことが求められている。

 だが、税や保険料の負担増を訴える政策は不人気で、選挙の票集めに影響する。そのため、消費税をはじめとする負担増は、これまで何度も頓挫しており、今回の引き上げも当初の予定より小幅なものにとどまった。

 社会保険料や税の負担増は「悪」とみなされる傾向が強いが、誰もが安心して暮らせる社会にするにはどうしてもコストがかかる。負担が大き過ぎて、医療や介護を受けられなくなるような改正は許されないが、社会保障制度を維持するためのコストを、誰がどのように負担していくかという議論は今後も続くだろう。

 国民が納得して負担増を受け入れるにはどうすればいいのか。国には丁寧な説明が求められる。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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