「ところてん」は、寒天の主原料となる海藻の天草(てんぐさ)などを煮て、抽出された寒天質をそのまま冷やし固めた食品だ。固まったものを四角い棒状に切り、「てんつき」という道具で麺状に突きだし、味を付けて食べる。日本固有の海藻食品であり、漢字では「心太」と書く。「日本国語大辞典」によると、その由来は平安時代にまで遡るそうだ。当時、天草でつくられた食品は、天草の古名である凝海藻(こるもは)と呼ばれ、俗に「心太(こころぶと)」といったそうだ。それが室町時代に入ってから「こころてい」とも読むようになり、徐々に「こころてん」、「ところてん」という風に転訛したという。

 「ところてん」の記録は古くから残されており、760(天平宝字4)年の『正倉院文書』が初出と思われる。また、平安中期にまとめられた『延喜式』には、平安京の市場に「ところてん」の店があった、という記録がある。室町時代につくられた『七十一番職人歌合』には、手ぬぐいを頭に巻いた着物姿の女性が「ところてん売り」として登場しており、現代と同じように「てんつき」で突いてお椀に盛り、振る舞う様子が描かれている。

 昔の味付けについて詳しくはわからないが、江戸末期の風俗資料である『守貞漫稿(もりさだまんこう)』を見ると、「江戸、心太価二文……白糖をかけ、あるひは醤油をかけこれを食す。京坂は醤油を用ひず」とある。この一文から察するところ、江戸などの東日本地域でも、この頃から醤油がけが一般化していったように見て取れる。

 今日の京都では、「てんつき」でついて「黒蜜」をかける食べ方が圧倒的に多い。関東で多い和辛子や青海苔に酢醤油がけであったり、「二杯酢」がけだったり、四国などに多い「鰹だし」や「麺汁(めんつゆ)」がけなどはほとんど見られない。あんみつ屋などでは、黒蜜か、酢醤油を選べるが、地元の人は黒蜜を選んでいることだろう。

 「ところてん」よりも精製度を高め、含みもつ不純物を少なくしたのが「寒天」である。その分「ところてん」には磯臭い雑味がまじっているので、その差が食べ方に影響しても不思議はない。また、味付けばかりでなく、箸の使い方にも違いがあったようで、普段は二本一組の箸を、一本だけ使って食べていた、という人も結構いるようだが、果たして食べやすいものだろうか。


寒天に定評のある甘味屋、みつばち(上京区)のところてん。黒蜜と三杯酢から選べる。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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