よもやま句歌栞草

「都市」「食」「恋」などといったさまざまなキーワードを採り上げ、それをモチーフとした俳句や短歌を鑑賞していきます。

中村 裕(俳人・編集者)

Vol.25

時間とはなにかといっても、それは空間とともに人間の存在認識の基本概念だから、すべてがその中に含まれてしまい、容易に定義を寄せつけない。まして俳句にとって時間はなにかと問われても、ほとんどお手上げである。それに近代俳句が写生を偏重したために、時間というものが句の中に要素として入ることを拒否する傾向も生まれた。その瞬間、その瞬間を切り取るべきだというわけである。そのかわり時間性は季語に託してしまえばいいというのである。今、咲いている花、今、降っている雨を提示することは、物理的なそのものを示すと同時に、季節の運行を示すことになる。季節の循環や回帰を思わせることで、人生の感慨や縮図を句に託しやすくなるのである。しかしこのような図式的な方法が、いつまでも有効であるはずもない。意欲のある現代俳人はそれぞれに工夫を凝らして、時間性を俳句に取り込むことに腐心してきた。

朝顔の紺のかなたの月日かな石田波郷 鮮やかな濃紺の花弁ごしに、はるかな歳月を思っているのである。波郷初期の代表作の一つ。ときに作者29歳。俳句にすべてをかけようと意欲も野心も満々の時期だから、この「月日」は越し方ではなく、行く末の「月日」だろう。洋々たる未来を、朝顔の紺の花弁のかなたの澄んだ空に託しているのである。死の2年前には「雪降れり時間の束の降るごとく」という句をつくっているが、まぬがれがたい死を予感するように、雪に託されたこの句の「時間」は、命の持ち時間がどんどん減っていくように、束となって降ってくるのである。

笹刈るや われら日月に憑かれたり鷲巣繁男 ギリシア正教の信徒で、西欧の古典世界に造詣が深く、独自の著作と詩集を数多く残した鷲巣繁男は、青年期に新興俳句に共鳴し、富澤赤黄男に師事、句作に没頭した時期があった。この句はおそらく戦後、北海道に入植し辛苦をなめた頃の作品だろう。

永遠はコンクリートを混ぜる音か阿部青鞋 どのように説明しても徒労ではないかと思わせるのが青鞋の作品だ。そのまま味わって、そのまま美味しい作品がめじろ押しなのだ。「手の甲を見れば時間がかかるなり」という句も説明は無用なだけ。

日月や走鳥類の淋しさに三橋敏雄 走鳥類はダチョウ目に属するダチョウ、レア、ヒクイドリ、エミュー、モア、キーウイなどの総称。翼はあるが、飛ぶことはできず、地上で暮らす。原始的だというわけではなく、地上生活に適応して、翼や胸筋が退化したのだと考えられている。つまり空での生活を捨てたのである。なぜだかはわからない。しかしそこにはある決断があったはずで、いいも悪いもその後は自らが下した決断に従って暮らしていくしかない。そこから滲み出てくるある種の哀感。作者は30年近くも海の上で暮らした人。とするとその後の地上での生活は、飛ぶことを止めた走鳥類と同類ということになる。

星影を時影として生きてをり高屋窓秋 ほとんど最晩年の絶筆といってもいい句(辞世の句はこの人には似合わない)。「星影」は星の光で、われわれが今、見ている星の光は何万年、何十万年前に発せられた光だという事実はよく知られている。したがって星の光は時間そのものの光だということになる。それが「時影」である。空間と時間の一致した地点で自分は生きているのだ、あるいは俳句をつくっているのだという高らかな宣言。現代俳句の主流である写生という方法から最も遠いところに足を踏まえた、一俳人の存在を俳句史に刻みつける一句。

雪の川向うを別の刻流れ神蔵器 川の流れに人生や世の中の流れを喩えることは、鴨長明や美空ひばりを持ち出すまでもなく、常道といってもよいが、この句ではその流れの向こうに、こちらとは違った時間が流れているというのである。そう作者に思わせるのは、川の流れに加えて、そこに雪が降っているからだろう。川の流れはこちらとあちらを隔てているが、雪はどちらの側にも降っているからである。

はたらいてもう昼が来て薄暑かな能村登四郎 「さび」「しほり」とならんで「ほそみ」という俳諧用語がある。繊細な余情美をいうのだが、この句の印象はまさにこのほそみである。上五、中七ときて、なんだか力が抜けていくような脱力感を覚えるが、「薄暑かな」が一句を締め上げ、淡淡〈あわあわ〉とした時間の経過を実感させる。「霜掃きし箒しばらくして倒る」も秀作である。

芦枯れてはてしなきものの始りぬ古館曹人 「葦原の国」「豊葦原の瑞穂の国」は日本の古称。それだけ葦(芦)がたくさん日本の水辺には生えていたのである。冬になると、葦は下の方の葉から落ちていき、最後には白っぽい竹のような茎ばかりになってしまう。それが一面に広がっている瀟殺たる光景を前に、作者はなにかは知らないが、獏とした「はてしなきもの」のはじまりを感じとったのである。それは夏の間の青々とした葦や秋に大きな穂を風に揺らしている葦には感じなかったものなのである。

むつかしい一日が暮れ柚子湯の柚子桂信子 「むつかしい一日が暮れ」という稚拙ともいえる導入が、柚子湯に温まる作者の表情を想像させて、微笑ましい。「柚子」を最後にさらにもってきて、臨場感を高めている。昭和44年、自らの主宰誌を発刊しようとしていた頃の作品。

一日よ虻とは知らず飛んでゐる桑原三郎 虻を虻と思っているのは人間だけなのだから、あたりまえといえばこれ以上のあたりまえはない。あたりまえではないのは「一日よ」である。二日だって十日だって、この事態は変わりようはないはずなのに、あえて一日としたのは、一日を実感することと、虻が自らを虻とは知らずに飛んでいることに気を止めたという実感がどこかで重なるからである。

純潔の時はみじかく過ぎ去らむわれに透過光するどき汀春日井建 汚れなき少年時代にもいろいろなことがあったはずだが、青年、壮年となってしまった今からみれば、ほとんど一瞬の間の出来事だったような気がする。しかしそれは自分を透過する鋭い光のように、強い眩しさの残像を残して、いつまでも消えないのである。

街川に自転車いくつ水漬きをり死ぬには永き歳月が要る高野公彦 都市の河川を浚渫したり、清掃したりすると、さまざまなものが引き上げられることがニュ-スになったりする。無機物に死はあり得ないのだが、作者の自転車というものに寄せる愛情が、自転車にも死を要求しているのである。死なせてあげたいという思いである。

2004-06-17 公開