各国の中央銀行が、金利や通貨供給量を調整することで物価の安定を図り、国民経済の健全な発展に資することを目的として実施する経済政策。
[白井さゆり]
日本銀行政策委員会の金融政策決定会合において金融市場調節方針が決定され、その方針に沿って日本銀行が金融市場に対して資金供給または資金吸収(公開市場操作、オペレーション)を日々実施することで、短期の市場金利を誘導する。一般的に、金融市場調節の操作対象として短期金利を採用することが多く、その金利は「政策金利」ともよばれる。日本銀行では無担保コールレート(オーバーナイト物)を採用してきた。おもな資金供給手段として、共通担保資金供給オペレーション(国債などを担保にとって金融機関へ貸し付けて資金供給)、資産買入れオペレーション(国債や国庫短期証券などを買い入れて資金供給)、国債買現先(かいげんさき)オペレーション(国債や国庫短期証券をあらかじめ定めた期日に売戻し条件付きで買い入れて資金供給)などがある。一方、おもな資金吸収手段としては、手形売出しオペレーション(日本銀行が振り出した手形を売却して資金吸収)、国債売現先オペレーション(日本銀行が保有する国債などをあらかじめ定めた期日に買戻し条件付きで売却して資金吸収)、国庫短期証券の売却オペレーションなどがある。
その他の貸付制度として「補完貸付制度」(ロンバート型貸出制度)がある。金融機関からの借り入れ申請を受けて、担保の範囲内でいつでも受動的に資金を融通する仕組みで、貸付期間は1営業日である。適用利率は、2008年(平成20)12月以降、年0.3%が維持されている。金融機関はこれより高い金利で金融市場から資金調達をするとは考えにくいため、同利率が短期の市場金利の上限を形成している。
また、「補完当座預金制度」は、日本銀行が受け入れる当座預金などのうち、「所要準備額」(金融機関の預金に対して預金準備率が適用される金額)を除いた、「超過準備額」に対して利息を付す制度である。2008年に補完当座預金制度が導入されて以降、付利は2016年1月末の金融政策決定会合でマイナス金利の導入を発表し、翌2月16日に実施するまでは、年0.1%が適用されてきた。補完貸付制度の適用利率と補完当座預金制度の付利が、それぞれ金融市場の金利の上限と下限を形成し、操作対象である無担保コールレートがこの範囲内で推移する傾向があることから、これら二つの金利は「コリドー(回廊)」とよばれる。
[白井さゆり]
2013年1月の金融政策決定会合において、総裁白川方明(しらかわまさあき)のもとで、物価の安定目標として消費者物価指数(CPI)の対前年比上昇率2%が採用された。その際、物価の安定の概念的な定義として、家計・企業などが「財・サービス全般の物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」であり、かつ経済の持続的な成長と整合的であることと説明している。こうした理解のもとで、同目標をできるだけ早期に実現すると約束した。政策目標として消費者物価指数を採用したのは、国民の実感に即した、家計が消費する財・サービスを包括的にカバーした指標であり、しかも速報性が高く、基準改定が5年周期と長いことなどを重視したためである。
[白井さゆり]
1990年代初めに不動産と株式などのいわゆる「バブル崩壊」を経験し、その後1990年代後半に金融危機に直面した。この間、一時的な景気回復局面がみられたものの、長期にわたって景気後退とマイナスの需給ギャップ(すなわち、需要不足状態)に陥った。CPIと「コアCPI」(CPIから生鮮食品を除いた指数)ともに伸び率が低下を続け、1998年(平成10)ころからは緩やかなマイナス(すわなちデフレ)が続くようになった。そうしたなかで、以下の非伝統的政策が採用されるに至っている。
[白井さゆり]
〔1〕ゼロ金利政策(1999年2月~2000年8月) 無担保コールレート(オーバーナイト物)をできるだけ低めに推移するよう促し、短期金融市場に混乱の生じないようその機能の維持に十分配意しつつ、当初は0.15%前後を目ざし、その後は市場の状況を踏まえながら徐々に一層の低下を促すという、いわゆる「ゼロ金利政策」を導入。また、「デフレ懸念の払拭(ふっしょく)が展望できるような情勢」となるまでゼロ金利政策を継続するとの方針を明確化することで金融緩和を強化した。こうした将来の金融緩和方針を示す手法は、「時間軸政策」、または「フォワードガイダンス」とよばれる。2000年8月に需要の弱さによる物価低下圧力は大きく後退し、ゼロ金利政策の解除の条件である「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったと判断してこれを解除し、無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.25%前後へと引き上げた。しかし、このときのゼロ金利政策解除の判断については、デフレから脱却していないなかで早過ぎたとの見方が少なからずある。
〔2〕量的緩和(2003年3月~2006年3月) 2000年のアメリカITバブル崩壊によって日本では輸出と生産が大きく減少し、物価の下落が続いてきた。そのため、日本銀行は2001年3月に「量的緩和」政策の導入を決定した。このとき、金融市場調節方針の操作対象である無担保コールレート(オーバーナイト物)はすでにゼロ%近くにあり、これ以上金利は下げられないと判断し、量的緩和を決定した。量的緩和には次の特徴がある。
(1)金融市場調節の誘導目標の変更:無担保コールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変更。目標額は当初の5兆円程度から9回引き上げられて2004年1月には30兆~35兆円程度に達した後、量的緩和の解除まで同目標額を維持した。この目標額はおもに期間1年以内の短期の資金供給オペレーションを繰り返すことで達成された。また、必要があれば国債買入れを増額することも決定した。
(2)量的緩和の継続についての方針の明確化:日本銀行は、「コアCPIの対前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」量的緩和を維持すると約束した。いわゆるフォワードガイダンスである。2003年10月にこの方針をより明確化し、出口の条件として、第一に、直近公表のコアCPI対前年比上昇率が単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとしてゼロ%以上であると判断できることが必要であるとし、第二に、コアCPI対前年比上昇率が先行きふたたびマイナスになると見込まれないことが必要(多くの委員がゼロ%を超える見通しを有していることが必要)であるとした。ただし、これらの条件は必要条件であって、経済・物価情勢によっては、これらの条件を満たしたとしても量的緩和の継続が適当と判断される場合もあるとも明記した。
2005年11月にコアCPIの対前年比上昇率はプラスに転じた(CPIは2006年1月にプラスに転換)。そこで、日本銀行は2006年3月に量的緩和解除の条件がすべて満たされたと判断してこれを解除し、金融市場調節の操作対象を無担保コールレートに戻して当初はおおむねゼロ%の誘導目標を設定した。もっとも、2006年8月にはCPIの基準年が2000年から2005年に改定され、それまでプラスの値とされた伸び率がマイナスに修正されたため、事後的にみれば解除条件を満たしていなかったことが判明した。CPIの下方修正は過去のトレンドと比べてかなり大きく、日本銀行の予測を超えるものではあったが、解除については、CPIの改定を待って判断すべきだったとの批判や、解除の決定は早計だったとの批判も聞かれた。
〔3〕包括的金融緩和(2010年10月~2013年3月) リーマン・ショック後の景気後退を背景にして、2010年10月に包括的金融緩和政策の導入を決定した。同時に、金融市場調節方針における金利誘導目標である無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.1%程度から0~0.1%程度に変更して、実質的なゼロ金利政策を採用した。包括的金融緩和は次のような特徴をもつ。
(1)金融緩和の継続についての方針:「中長期的な物価安定の理解」に基づく物価安定が展望できる情勢になるまで、実質的なゼロ金利政策を継続するとの約束を取り決めた(フォワードガイダンス)。中長期的な物価安定の理解とは、CPIの対前年比上昇率が「2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心」という表現で示された。さらに2012年2月に同方針は大きく変更された。中長期的な物価安定の「理解」から「目途(めど)」(英語ではgoalと翻訳)へと変更されたが、これは各委員の見方を網羅した「理解」から委員全員が合意したことを示す「目途」の採用へと前進したことを意味する。そのうえで、目途は「2%以下のプラスの領域」にあるとして「当面は1%を目途」と定義し、目途は原則1年ごとに点検することとした。さらに、「物価上昇率1%を目ざして、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と資産買入等の基金による金融資産の買入れ等の措置により、強力な金融緩和を推進していく」として、方針の内容を強化した。なお、金融緩和の継続は、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じていないことを条件とすると明記された。
(2)資産買入等の基金の導入:買い入れる資産は、(残存期間が1~3年までの)国債、国庫短期証券、社債、コマーシャルペーパー(CP)、指数連動型上場投資信託受益権(ETF)、不動産投資法人投資口 (J-REIT(ジェーリート))から構成された。既存の3か月物と6か月物の「固定金利方式の共通担保資金供給オペレーション」の運用は継続された。これを含む同基金による残高は、当初は2011年末までに35兆円に増額することを決定したが、その後数回にわたって引き上げられ、2013年末までに101兆円、2014年中に111兆円まで増額することが予定されていた。しかし過度な円高と緩やかなデフレが続き、2013年1月に掲げたCPIの対前年比上昇率2%の物価安定目標の達成にはこれらの金融緩和手段では不十分との批判が強まった。
[白井さゆり]
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