大蔵・財務官僚、経済学者。日本銀行第31代総裁(2013年3月~ )。昭和19年10月25日福岡県生まれ。東京大学法学部卒業。財務省財務官、一橋(ひとつばし)大学大学院教授、アジア開発銀行総裁などを経て、2013年(平成25)3月20日に日本銀行総裁に就任。1999年(平成11)~2003年の財務官時代に、数回にわたり大規模な為替(かわせ)介入を実施した。日本銀行の金融政策については長く批判を展開しており、量的緩和を提唱してきた。就任前には「2年で消費者物価指数(CPI)対前年比上昇率2%」を達成できると明言しており、総裁就任後の最初の金融政策決定会合(4月3~4日)では2年程度の期間を念頭においてできるだけ早期に上昇率2%の物価安定目標を達成するとして「量的・質的金融緩和」を導入した。安倍晋三(あべしんぞう)内閣が提唱する「アベノミクス」の3本の矢(第一の矢は「大胆な金融政策」、第二の矢は「機動的な財政政策」、第三の矢は「成長戦略」)とよばれる経済政策のもとで、第一の矢と整合的に、2%の物価安定目標の早期実現を目ざして大胆な金融緩和政策を実施した。
[白井さゆり]
量的・質的金融緩和導入後、過度な円高が是正されたことで、企業収益の増加や名目賃金の上昇につながり、企業のなかには付加価値を高める商品・サービスを提供することで販売価格を引き上げる事例もみられ、大型小売店などで行われることがあった過度なディスカウント競争は減った。CPI対前年比上昇率は、原油価格の高止まりと円安による輸入価格の上昇および需給ギャップ(総需要と供給力の差)の改善もあって、2014年度初めに(消費税率引上げ分の2%程度を除くと)1%なかば程度まで上昇した。その後、2014年4月の消費税率引上げと円安などによって、物価上昇率が3%以上に急速に高まったことで実質賃金が大きく下落し、消費が落ち込んだ。さらに、2014年なかばからの原油価格の急落などもあって、CPI対前年比上昇率は低下し、2016年3月以降はマイナスへ転じ、同年10月には天候不順による生鮮食品の高騰もあってようやくプラスに転じている。一方、生鮮食品を除くCPI対前年比上昇率についても同年3月以降マイナスとなったが、10月時点でもマイナスで推移している。予想インフレ率も一部の指標で下落し、低迷した。2%の物価安定目標達成時期についても、2013年4月時点では、2%程度は「見通し期間(2013~2015年度)の終盤にかけて達する可能性が高い」との見通しを示したが、その後、何度も達成期間を後ずれさせているため、見通しの客観性や信頼性などについて内外から疑問の声もあがった。とくに、マイナス金利政策導入以降は、銀行や機関投資家などから金融緩和策の「副作用」についての言及が多くなり、批判が強まることとなった。
黒田の功績は、これまでの日本銀行の金融政策に対する根強い批判、すなわち金融緩和が不十分で、デフレ脱却や円高是正への意思が明確ではないといった見方を一蹴(いっしゅう)するほどの大胆な金融緩和を導入したことにある。こうした果敢な態度と、デフレ脱却に向けた明確な分かりやすいメッセージでかつ強い意志表明に対して、当初、世界から称賛が寄せられた。とはいえ、量的・質的金融緩和を導入して3年以上も経過し、とくにマイナス金利政策以降の日本銀行の政策方針が複雑で分かりにくくなったとの見方が国内外で高まるようになった。また、多額の資産買い入れや、マイナス金利といったさまざまな非伝統的政策を実施してきたが、そうした政策が長期化するなかで政策の限界も意識されるようになっている。しかも、総需要を大きく刺激し物価上昇率を押し上げる効果が明確ではなく、「副作用」も顕在化しつつある。現在の金融緩和内容をそのまま継続していくのか、一段と拡大するのか、それともより持続的な内容に転換していくのか、世界の注目が集まっている。
[白井さゆり]