日本大百科全書(ニッポニカ)

NASA
なさ

アメリカ航空宇宙局National Aeronautics and Space Administrationの略称。非軍事目的の宇宙開発および先進的な航空技術の研究開発を担う連邦政府組織である。首都ワシントンにあるNASA本部と、ジョンソン宇宙センター、ゴダード宇宙飛行センターなど全米各地に存在するセンターからなる。全体の定員は1万8000名程度、予算は200億ドル程度で、省レベルの組織ではないが大統領直属の独立機関である。航空諮問委員会(NACA、1915年創設)を母体として、1958年にアメリカ航空宇宙法によって設立された。
[佐藤 靖]

有人宇宙計画

NASAは設立後すぐに陸海空軍から組織や人材の移管を受け、急速に陣容を拡大し、高度な技術力を獲得した。当時のアメリカには宇宙開発分野でソ連に先を越されているという危機感があり、議会もNASAを積極的に支援した。1961年には、ケネディ大統領(当時)がアポロ計画の実施を決断し、1960年代末までに有人月面着陸を実現すると宣言する。NASAは総力をあげて同計画に取り組み、1969年7月20日、ニール・アームストロング船長率いるアポロ11号宇宙船が月面着陸を達成した。
 アポロ計画が成功した後は、米ソ間の冷戦の緊張がやや緩んだこともあり、宇宙開発に対する議会の支持は弱まったが、NASAは宇宙往還機スペースシャトルの開発を開始し、1981年にその初号機打上げに成功する。ただし、1986年には打上げ73秒後に機体が空中分解して宇宙飛行士7名全員が犠牲になるというチャレンジャー号事故が起き、アメリカ社会に衝撃を与えた。
 1998年以降、スペースシャトルは国際宇宙ステーション(ISS)の部材の地球軌道上への運搬を始めた。国際宇宙ステーションとは、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、日本、カナダなどの国際協力による、人間が地球軌道上に長期滞在するための巨大構築物である。その組立ては、2003年のスペースシャトル・コロンビア号の事故などもあって遅延したが、2011年に完成する。一方、同年アメリカではスペースシャトルが退役し、その結果、国際宇宙ステーションへの人員の輸送はロシアのソユーズ宇宙船が担うことになった。
[佐藤 靖]

無人宇宙計画

NASAは設立以来、有人宇宙計画に加え、無人宇宙探査も着実に進めてきた。有名な計画としては、1976年に火星軟着陸を成し遂げたバイキング計画、1980年代に木星・土星・天王星・海王星すべての近傍を通過して観測を行ったボイジャー計画、1995年から木星およびその衛星の接近観測を行ったガリレオ計画、2004年から土星およびその衛星の接近観測を行ったカッシーニ計画などがあげられる。また、NASAはこれまで、地球観測を行うための衛星や、天文観測を行うための観測機器や巨大望遠鏡を地球軌道上に打ち上げてきた。1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は、長期間にわたって宇宙科学に大きな影響を与える発見を数多くもたらしてきた。
 NASAにおける無人宇宙計画の重要性は近年高まってきている。1990年代以降、冷戦構造の崩壊、グローバル化の進展により、宇宙開発における国威発揚の側面が弱まり、かわりに科学探査の側面が重視されるようになってきたためである。また、有人宇宙計画の次のステップとして考えられる有人火星探査が、資金面・技術面であまりにハードルが高いためになかなか進展しないことも原因である。一方、無人宇宙計画の分野では、NASAは近年も存在感を示し、人々をひきつける成果を出してきたといえる。
[佐藤 靖]