日本大百科全書(ニッポニカ)

野辺山宇宙電波観測所
のべやまうちゅうでんぱかんそくしょ

国立天文台が展開する国際的観測所の一つ。長野県南佐久郡南牧(みなみまき)村野辺山の標高1350メートルの高原にあり、1978年(昭和53)、当時の東京大学東京天文台付属の共同利用施設として開設された。ミリ波観測用として世界最大規模の45メートル電波望遠鏡を、内外の研究者が利用する形(共同利用)で運用している。
 1970年ころから多数の星間分子のスペクトル線の発見によって波長が1センチメートル~1ミリメートルと短い「ミリ波」が注目され、1980年代にかけてミリ波観測が可能な高精度のパラボロイド型電波望遠鏡や干渉計が競って建設されるようになった。野辺山の45メートル電波望遠鏡は1970年に公式に提案され、1982年に世界最大のミリ波望遠鏡として完成した。併設された10メートルパラボラ5素子(のちに6素子)のミリ波干渉計も、1986年から観測運用を開始した。同規模のミリ波望遠鏡としてはスペインのピコ・ベレタにある30メートル鏡(1984年完成、ミリ波天文学研究所(IRAM)所属)などがある。また近年はさらに大型のミリ波望遠鏡が建設・運用されている(アメリカ・グリーンバンクの100メートル鏡GBT(NRAO)、メキシコの50メートル鏡LMT)が、鏡面精度の問題もあり、野辺山45メートル鏡はミリ波での観測能力においてなお世界最大クラスである。
 野辺山宇宙電波観測所は、日本最初の世界レベルの観測能力をもつ天文観測施設である。また半導体受信機開発室、データ処理解析用の大型コンピュータ群など各種の研究設備を備え、国内の天文学研究者に開かれた共同利用施設として開放され、海外の研究者にも門戸を開いた。暗黒星雲や恒星外層大気中の種々の分子が放つスペクトル線の観測により宇宙物質の組成や星間空間化学を解明し、地上にない宇宙特有の化合物を数多く発見。また星と惑星系の形成過程や銀河系の構造と進化の研究、巨大ブラック・ホールの世界初の観測による実証など、数多くの研究成果をあげて、ミリ波天文学を開拓してきた。
 ミリ波を効率よく反射し集光するには、0.1~0.2ミリメートルレベルの高い鏡面精度を実現する必要がある。45メートル鏡では反射面パネルに熱変形の少ない炭素繊維を用いたり、鏡面の重力変形を押さえ込むホモロガス変形法という新設計や、レーザー・電波による鏡面測定、光ビームを用いた高い指向精度の確保、多周波同時観測など、多くの新しい技術が用いられた。集めたミリ波を効率よく変換・増幅する高性能ミリ波受信機にはヘリウム冷却の超電導SIS受信機が内部開発とメーカーとの協力で整備された。またその後、多数のホーンと受信機を並べたマルチビーム受信機が開発されて、観測能率を飛躍的に高めた。受信した電波を周波数ごとに細分して強度を同時測定する電波分光器には、レーザーと音響光学効果を応用した大型のAOS(音響光学型電波分光)方式が、これも世界で初めて開発・実用化されて活躍した。最近はこれにデジタル自己相関型電波分光器がとってかわりつつある。このように国際レベルの大型望遠鏡では、受信機システム(光赤外線望遠鏡の場合は観測装置)の絶えざる開発で望遠鏡の観測性能を高めることが生命線である。現在の45メートル鏡もこうした新鋭の受信機群により、ALMA(アルマ)による高分解能観測と呼応する広域観測・全天観測を精力的に進めている。2017年(平成29)、野辺山45メートル電波望遠鏡はこうした技術開発と天文学上の功績により、IEEE(アメリカ電気電子技術者協会)のマイルストーン賞に選ばれた。
 なお、野辺山では東京天文台付置の太陽電波観測所が1969年に設置され、初期の太陽電波干渉計の運用、その後の電波ヘリオグラフ(太陽面電波写真儀)の建設と運用を行ったが、2015年に太陽電波観測所は廃止され、名古屋大学地球環境研究所が国際コンソーシアムのもとで電波ヘリオグラフを引き続き運用している。また宇宙電波観測所で45メートル電波望遠鏡とともに主力装置として活躍したミリ波干渉計はALMAの完成とともにその任務を終え、現在は一部が大学研究者によって利用されている。
[海部宣男]