日本大百科全書(ニッポニカ)

瀋陽
しんよう/シェンヤン

中国、遼寧(りょうねい)省中部の副省級市(省と同程度の自主権を与えられた地級市)で、同省の省都。旧称奉天(ほうてん)。略称は瀋。和平(わへい)、瀋河(しんが)、大東(だいとう)、皇姑(こうこ)、鉄西(てつせい)、蘇家屯(そかとん)、渾南(こんなん)、于洪(うこう)、遼中(りょうちゅう)、瀋北(しんほく)新区の10市轄区と2県を管轄し、新民(しんみん)市の管轄代行を行う(2017年時点)。人口730万4000、市轄区人口529万9000(2015)。東北地区最大の総合工業都市であるとともに、同地区の政治、経済、文化の中心で、交通上の中枢ともなっている。年平均気温は8.5℃、年降水量は725.5ミリメートル。札幌市、川崎市、浜松市と姉妹都市提携を結ぶ。
[浅井辰郎][編集部]

歴史

古くから北方遊牧民族と漢民族との争奪の地であった。明(みん)のとき瀋陽中衛が置かれ、明末、満洲(まんしゅう)族が興ると清(しん)の太祖ヌルハチは1625年、ここを都とし盛京(せいけい)とよんだ。1644年の北京(ペキン)遷都後は陪都(ばいと)とされた。このため盛京将軍が置かれ、別に民政機関として奉天府も設置された。このことから瀋陽は以後しばしば奉天ともよばれるようになった。
 19世紀末、ロシア、日本が東北に進出すると、瀋陽はその重要な目標となった。1920年代、軍閥張作霖(ちょうさくりん)はここを根拠として全東北を支配したので奉天軍閥とよばれた。1931年(昭和6)、関東軍が中心となって瀋陽北郊の柳条湖(現、大東区)で鉄道爆破事件を起こした(柳条湖事件)。事件を発端に満州事変が勃発し、翌1932年には日本の傀儡(かいらい)国家である「満州国」が成立している。「満州国」時代に日本が重工業をおこしたこともあって、瀋陽地方は中国有数の重工業地帯となった。
 なお、ヨーロッパ人には、満州語に由来するムクデンMukdenの名で知られている。
[倉橋正直]

産業・交通

周辺に石炭、油母頁岩(ゆぼけつがん)、鉄、銅の産地をもち、近隣には鉄鋼の鞍山(あんざん)市、石炭の撫順(ぶじゅん)市を控える。これらを背景として、機械工業を中心に重工業が発達しており、戦闘機製造で有名な瀋陽飛機工業集団、自動車メーカーの華晨(かしん)汽車集団、大型機械メーカーの北方重工集団などの大手企業を擁する。このほか、冶金、化学、建築材料、紡績、製紙、食品加工なども盛んである。
 交通では、京哈(けいは)線および哈大線(ハルビン―大連(だいれん))が通じるうえに、瀋吉線(瀋陽―吉林(きつりん))、瀋丹線(瀋陽―丹東(たんとう))、瀋大線の起点となり、自動車道も市を結節点として八方に広がる。市街の南東部には瀋陽桃仙国際空港があり、航空路が国内30以上の都市へ延びるほか、日本、韓国、北朝鮮などの国とも結ばれている。
[浅井辰郎][編集部]

文化・観光

市街地には、遼寧大学、東北大学、瀋陽医学院、遼寧省図書館、遼寧省歴史博物館、遼寧工業展覧館、遼寧体育館、遼寧芸術劇場などの高等教育機関、文化施設が置かれ、中山公園、南湖公園をはじめとして公園が各所に設けられている。また西部の鉄西区は工業地域で、多数の工場、労働者の高層住宅のほか、工人文化宮や労働公園がある。
 史跡としては、清初の宮城であった瀋陽故宮があり、2004年「北京と瀋陽の明・清朝の皇宮群」の構成資産として世界遺産の文化遺産に追加登録された(世界文化遺産)。このほか、清の太祖ヌルハチの墓の東陵、清の太宗ホンタイジの墓の北陵、張作霖・張学良(ちょうがくりょう)父子の官邸であった張氏帥府などがある。
 日本の領事館が設置されているが、2002年5月、その領事館に北朝鮮からの亡命希望者が逃げこむという事件が発生した。
[浅井辰郎][編集部]