日本大百科全書(ニッポニカ)

分子機械
ぶんしきかい
molecular machine 英語

身の周りの機械のように、並進や回転などの制限された動きを誘発する分子や分子集合体。分子マシンともいう。タンパク質が複合してできた生体内分子機械、有機合成化学を駆使して合成された人工(合成)分子機械、および生体内分子機械の一部に人工的な改変を加えて得られた半人工分子機械の三つに大別される。
 生体内には、ATP(アデノシン三リン酸)などの高エネルギー物質との結合形成を引き金に駆動する分子機械が数多く存在しており、その代表例がライブラリーとしてプロテイン・データ・バンクProtein Data Bank(PDB)に登録されている。鞭毛(べんもう)などは、もっとも巨大な生体内分子機械として位置づけられている。生体膜の両側のプロトンの濃度勾配(こうばい)を利用して一方向に回転しながらATPを合成するATP合成酵素、ミオシン(筋肉の収縮運動に関連)やキネシン、ダイニン(細胞内での物質輸送に関連)のように、アクチンフィラメントや微小管といったファイバー状タンパク質集合体の表面を直線的に移動しているものもある。これらのタンパク質複合体の動きは比較的大きく、蛍光ラベルの手法を利用して可視化することができる。一方、変性タンパク質のリフォールディングを担う分子シャペロンは、ATPの結合と加水分解に応答してその筒状構造を開いたり、閉じたりし、変性タンパク質の取込み、およびリフォールディングが完了したタンパク質の吐出しを行っている。高度に洗練されたこれらの動きの鍵(かぎ)を握っているのは、タンパク質ユニット間の近距離・遠距離の相互作用である。
 有機合成反応を利用して、身の周りの機械や生体内の分子機械の動きをヒントに考案された分子機械が多数報告されている。これらは、同じ動きを繰り返して行ったりすることができる。あるいは、光、熱、pH(水素イオン濃度)変化、酸化還元反応など、外部から加えられた刺激に応答して分子の構造を変化できるものもある。合成分子機械の最初の例は、2分子のクラウンエーテルをアゾベンゼンで連結した化合物である。紫外線・可視光線の照射でアゾベンゼンユニットをシス体・トランス体に異性化させると、分子構造が大きく変化するので、カチオンに対する親和性を変化させることができる。その後、ロタキサンやカテナンといった超分子モチーフを利用した例が報告されている。これらは、構成ユニットの相対的な位置関係を外部刺激により変化させることができる(分子シャトル)。そのほかにも、分子内の一部分が他の部分に対して一方向に回転するもの(分子ローター)などが知られている。また、動きを伝達するギア(歯車)の仕組みを利用して、実際にゲスト分子を捕捉(ほそく)してねじることができる分子ピンセットなども報告されている。生体内分子機械にはない堅牢(けんろう)さを生かし、トップダウン加工技術を利用して合成分子機械をスイッチング素子とした分子デバイスの開発も試みられている。
[相田卓三]

ノーベル賞受賞と将来の展望

2016年、「分子機械の設計と合成を行った功績」に対してノーベル化学賞が与えられ、合成分子機械の立ち上げに寄与したフランスの化学者ジャンピエール・ソバージュ、イギリスの化学者フレーザー・ストッダート、オランダの化学者ベルナルト・フェリンハ(バーナード・フェリンガとも表記される)の3人が受賞した。分子機械の社会的応用はいまだ発展途上であるが、将来的に極小の機械として自在に利用されれば、産業革命以来の大きな技術革新になるとされる。たとえば、水滴を動かしたり、化学反応を制御したりするなどの機能をもつ人工分子機械が開発されている。また、電気エネルギーで動く分子機械を使った世界初の国際ナノカーレースが2017年にフランスで開催された。一方、生体内分子機械の世界では、既存のタンパク質を改変して望みの機能を与えるのみならず、目的の構造や機能をもつタンパク質を設計して初めからつくるde novo(デノボ)設計も始められている。
[中西和嘉]