国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づき、その条約締結国から提出されたリストのなかから、ユネスコ世界遺産委員会での審議を経て登録される、一国にとどまらず人類全体にとって貴重なかけがえのない財産(世界遺産条約履行のための作業指針)。英語ではWorld Heritageと表記する。
広義には、無形文化遺産、記憶遺産、水中文化遺産などを包摂することもあるが、一般に「世界遺産」といった場合、建造物や景観、自然の地形など不動産(土地および土地と一体になったもの)に限定して登録されるものをさす。登録要件は、各国政府が世界遺産委員会に推薦した物件であること、顕著な普遍的価値をもつこと、国家がその遺産の保護にできうる限りコミットする(かかわる)こととなっている。また、不動産に限定されるため、日本の国宝にあるような書画、陶磁器、宝飾品などは対象外である。
1950年代後期から1960年代、エジプトのナイル川中流部にアスワン・ハイ・ダムの建設が計画され、それによって水没するヌビア地方の古代遺跡を保護するために国際プロジェクトが立ち上がったことが契機となり、1972年に世界遺産条約が締結された。1978年、「イエローストーン国立公園」(アメリカ)、「クラクフ歴史地区」(ポーランド)など、12件の遺産が初めて登録された。以後、毎年開かれる世界遺産委員会で登録の可否が審議され、2014年9月時点で1007件(文化遺産779件、自然遺産197件、複合遺産31件)の遺産が登録されている(条約締約国は191か国)。
条約の名称にあるように、人類が受け継いできた文化や自然を未来に手渡せるよう「保護」をするのがこの制度の目的であり、原則として自国の遺産は自国で保護することになっているが、開発途上国が遺跡の保存などのために技術や人材が必要なときには、ユネスコが国際的な協力体制をとって保護に取り組んでいる。日本は、この保護プログラムなどの資金となるユネスコの世界遺産基金への拠出では、世界でトップクラスである。
[佐滝剛弘]
日本では1993年(平成5)、「法隆寺地域の仏教建造物」「姫路城」「白神(しらかみ)山地」「屋久島(やくしま)」の4件が初めて世界遺産に登録された。その後、「古都京都の文化財(京都市、宇治(うじ)市、大津(おおつ)市)」「白川郷・五箇山(ごかやま)の合掌造り集落」「原爆ドーム」「厳島(いつくしま)神社」「古都奈良の文化財」「日光の社寺」「琉球(りゅうきゅう)王国のグスクおよび関連遺産群」「紀伊(きい)山地の霊場と参詣道(さんけいみち)」「知床(しれとこ)」「石見(いわみ)銀山遺跡とその文化的景観」「平泉(ひらいずみ)―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」「小笠原(おがさわら)諸島」「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」「富岡(とみおか)製糸場と絹産業遺産群」「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が登録され、2015年(平成27)7月時点で19件の登録物件がある。このうち、「白神山地」「屋久島」「知床」「小笠原諸島」が自然遺産で、それ以外は文化遺産である。
また、2015年時点で、世界遺産の正式候補である世界遺産暫定リスト記載の物件は、「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」「国立西洋美術館(本館)」(6か国にまたがる「ル・コルビュジエの建築と都市計画」の構成物件の一部として)「武家の古都・鎌倉」「金を中心とする佐渡(さど)鉱山の遺産群」「彦根城(ひこねじょう)」「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」「飛鳥(あすか)・藤原の宮都とその関連資産群」「宗像(むなかた)・沖ノ島と関連遺産群」「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」(5資産の拡張登録を申請)の10件である。
今後、このリスト記載物件のなかから、原則として1年に1件ずつ日本政府が世界遺産委員会に登録の可否の審議のための推薦を行っていく。
[佐滝剛弘]
ユネスコが行う不動産以外の遺産事業について以下に示す。
英語ではIntangible Cultural Heritageと表記する。2003年のユネスコ総会で採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」(無形文化遺産保護条約)に基づいて選定される、芸能、伝承、慣習、儀式、祭礼、工芸など、不動産である「世界遺産」の範疇(はんちゅう)に入らない文化活動の総称。この条約の発効以前は、「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」という名称で、2001年から隔年でリストアップされていたが、2008年に「無形文化遺産」の一覧表に統合された。2014年7月時点で、世界161か国がこの条約を締結しており、日本は、世界で3番目に早く、2004年(平成16)に締結している。
日本では、2014年末時点で、以下の22件が無形文化遺産となっている(登録順)。
「能楽」、「人形浄瑠璃文楽(にんぎょうじょうるりぶんらく)」、「歌舞伎(かぶき)」、「雅楽(ががく)」、「小千谷縮(おぢやちぢみ)・越後上布(えちごじょうふ)」(新潟県)、「日立風流物(ひたちふりゅうもの)」(茨城県)、「京都祇園祭(ぎおんまつり)の山鉾(やまほこ)行事」(京都府)、「甑島(こしきじま)のトシドン」(鹿児島県)、「奥能登(おくのと)のあえのこと」(石川県)、「早池峰神楽(はやちねかぐら)」(岩手県)、「秋保(あきう)の田植踊」(宮城県)、「チャッキラコ」(神奈川県)、「大日堂(だいにちどう)舞楽」(秋田県)、「題目立(だいもくたて)」(奈良県)、「アイヌ古式舞踊」(北海道)、「組踊(くみおどり)」(沖縄県)、「結城紬(ゆうきつむぎ)」(茨城県・栃木県)、「壬生(みぶ)の花田植」(広島県)、「佐陀神能(さだしんのう)」(島根県)、「那智(なち)の田楽(でんがく)」(和歌山県)、「和食―日本人の伝統的な食文化」、「和紙―日本の手漉(てすき)和紙技術」(島根県の石州半紙(せきしゅうばんし)、岐阜県の本美濃(みの)紙、埼玉県の細川紙)。
[佐滝剛弘]
英語ではMemory of the Worldと表記する。当初、日本ユネスコ国内委員会は世界記憶遺産、と訳した名称を用いていたが、2016年より原義に近い現名称に変更した。人類が長い期間を経て記録した書類などのうち、後世に残すべきものをリストアップして保護していく制度で、1995年にユネスコが事業をスタートさせた。世界の歴史に重大な影響をもつ事件、時代、場所、人物、主題、形態、社会的価値をもった記録遺産が対象となり、2015年時点で348件が選定されている。著名なものに、イギリスの「マグナ・カルタ」(大憲章)、「アンネ・フランクの日記」「ベートーベン交響曲第9番の自筆譜」などがある。
日本では、2015年時点で、以下の5件が登録されている。「山本作兵衛の炭坑の記録画および記録文書」「御堂関白記(みどうかんぱくき)」「慶長(けいちょう)遣欧使節関係資料」「東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)」「舞鶴(まいづる)への生還 1945―1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」。
[佐滝剛弘]
英語ではUnderwater Cultural Heritageと表記する。なんらかの理由で水中に沈んだり、海底で確認される遺跡や沈没船など、水面下に存在する遺産。2001年のユネスコ総会で、「水中文化遺産の保護に関する条約」(水中文化遺産保護条約)が採択され、2009年に発効した。第1条で「人間の存在の痕跡(こんせき)のうち、少なくとも100年の間水中にある考古学的・自然的背景を有する文化的遺物」と規定されている。「グレート・バリア・リーフ」(オーストラリア)、「エル・ビスカイノのクジラ保護区」(メキシコ)など、世界遺産のうち海が主要な登録範囲となる遺産や、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部に熊野川が含まれる例があるが、こうした世界遺産とは別のカテゴリーである。2014年時点では、日本はこの条約をまだ批准していない。
[佐滝剛弘]
英語ではEndangered Languagesと表記する。ユネスコでは、世界で使用されている言語のうち、広範囲で使用される言語によって、使用人口が極端に減り、消滅の危機にある言語をリストアップし、消滅を食い止めようとする活動が行われている。ユネスコは、2009年、世界で使用されている6000種あまりの言語のうち、半数近い約2500の言語が消滅の危機にさらされているとの調査結果を発表。日本では、「極めて深刻」にアイヌ語が認定されているほか、「重大な危機」に八重山(やえやま)語(八重山方言)、与那国(よなぐに)語(与那国方言)、「危険」に沖縄語(沖縄方言)、国頭(くにがみ)語(国頭方言)、宮古(みやこ)語(宮古方言)、奄美(あまみ)語(奄美方言)、八丈語(八丈方言)が認定された。
[佐滝剛弘]
ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産条約に基づき「世界遺産リスト」に登録されている遺産を国ごとに示す。
世界を六大州および中東の7地域に分け、各地域内は国名の五十音順に配列した。複数の遺産がある国の場合、遺産の配列は登録順である。なお、CIS(旧ソ連構成国の独立国家共同体)諸国はヨーロッパに含めた。
登録名は2013年7月現在(日本は2015年7月現在)での日本ユネスコ協会連盟のものをもとにし、本事典にあわせて若干表記を変更したものがある。また、いちじるしく語形が異なるものについては〔 〕内に本事典の語形を示した。
登録年、種類、登録基準を掲げた。そのうち登録基準は(i)~(x)で表したが、それぞれの意味は以下の通りである。
(i)人間の創造的才能を表す傑作である。
(ii)建築、科学技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた、ある期間にわたる価値感の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである。
(iii)現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも希有な存在)である。
(iv)歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である。
(v)あるひとつの文化(または複数の文化)を特徴づけるような伝統的居住形態若しくは陸上・海上の土地利用形態を代表する顕著な見本である。又は、人類と環境とのふれあいを代表する顕著な見本である(特に不可逆的な変化によりその存続が危ぶまれているもの)。
(vi)顕著な普遍的価値を有する出来事(行事)、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。
(vii)最上級の自然現象、又は、類まれな自然美・美的価値を有する地域を包含する。
(viii)生命進化の記録や、地形形成における重要な進行中の地質学的過程、あるいは重要な地形学的又は自然地理学的特徴といった、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な見本である。
(ix)陸上・淡水域・沿岸・海洋の生態系や動植物群集の進化、発展において、重要な進行中の生態学的過程又は生物学的過程を代表する顕著な見本である。
(x)学術上又は保全上顕著な普遍的価値を有する絶滅のおそれのある種の生息地など、生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息地を包含する。
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