人類の貴重な文書、書籍、写真などの資料(動産)を保存し、広く一般に公開するための事業。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が「世界遺産」「無形文化遺産」と並ぶ遺産事業の一つとして実施している。後世に継承すべき重要な文書類が毀損(きそん)・消失するのを防ぐ目的で1992年に創設された。当初、日本ユネスコ国内委員会は「世界記憶遺産」という呼称を用いていたが、2016年より英語の原義に近い現称に変更した。最初の登録は1997年で、以後2年ごとに、国際諮問委員会が各国政府や非政府機関の申し出に基づいて認定している。書籍や写真など資料の形態に応じてもっとも適切な保存手法をとり、デジタル化してユネスコのウェブサイトで専門家や一般の人々の区別なく、平等かつ容易に閲覧できるようにしている。
人類の文化、言語、民族の多様性を映した貴重な資料で、歴史的、社会的な価値があり、希少で元のままの状態で保存されていることなどが登録の基準となる。2015年時点の登録数は348件。ベートーベン交響曲第9番の自筆譜、アンネ・フランクの日記、マグナ・カルタ(大憲章)、グーテンベルクの聖書、古代ナシ族のトンパ文字(トンバ文字)による文書などが登録されている。
2017年の登録に向けて、群馬県にある古代の石碑「上野(こうずけ)三碑」、日本のシンドラーといわれる外交官、杉原千畝(すぎはらちうね)に関する資料である「杉原リスト―1940年、杉原千畝が避難民救済のため人道主義・博愛精神に基づき大量発給した日本通過ビザ発給の記録」の推薦が決まっている。
2015年(平成27)には、中国が申請した「南京大虐殺資料」が登録されたが、南京大虐殺については、犠牲者の人数など日中間で統一した事実認定がなされておらず、日本政府がユネスコに抗議、政府高官が日本のユネスコへの分担金・拠出金の凍結を示唆するなど、国際問題化した。日本政府は、ユネスコに対し、世界の記憶の審議の透明化を求めるなど、登録プロセスについて改革を求める動きを強めている。また、同年、日本が申請し、登録された「舞鶴(まいづる)への生還」についてもロシア政府が異議を唱えるなど、国による歴史認識の対立を背景に、世界の記憶をめぐる論争は強まる傾向にある。
日本からの登録は2015年時点で以下の5件である。
2011年
「山本作兵衛(さくべえ)炭鉱記録画・記録文書」(福岡県・筑豊(ちくほう)地域の炭鉱労働のようすを描いた原画や日記)
2013年
「慶長遣欧使節関係資料」(伊達政宗(だてまさむね)が派遣した使節に関する資料)
「御堂関白記(みどうかんぱくき)」(藤原道長の日記)
2015年
「東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)」(京都の東寺に伝わる平安~江戸時代初期までの文書)
「舞鶴への生還 1945―1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」(シベリア抑留から帰還した人々の日記、手紙、絵画など)
[編集部]