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  11. 龍安寺
日本歴史地名大系
龍安寺
りようあんじ

[現]右京区龍安寺御陵ノ下町

しゆ山の南麓、仁和寺北東にある。大雲山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊釈迦如来。平成六年(一九九四)世界の文化遺産(古都京都の文化財)に登録された。円融天皇の御願寺で四円しえん寺の一つとされた円融えんゆう寺の跡地にあたり、現在寺内にある鏡容きようよう池はその園池といわれ、庭園は国指定名勝。円融寺が衰退した後、左大臣藤原実能が山荘を営み、そのなかに徳大とくだい(得大)寺を建立した。宝徳二年(一四五〇)六月二日細川勝元が寺領を寄進し(龍安寺文書)、妙心寺の義天玄詔を請じ、妙心寺塔頭として創建された。徳大寺公有の袖判のある長禄二年(一四五八)二月一〇日の徳大寺公有袖判寄進状(山城名勝志)に「龍安寺敷地并山事、東限〓新堀〓、西限〓勝法院領〓、南限〓池堤〓、北限〓主山嶺〓松在之巽限〓橋、坤限〓山尾〓、乾限〓大谷〓、艮限〓谷、悉皆絵図有之 右雖〓〓家領〓、依〓細川殿所望〓、令〓〓附龍安寺〓之上者、永代不〓〓〓違変之儀〓之状如〓件」とあり、勝元は徳大寺公有より徳大寺の敷地と山を譲り受け、そこに龍安寺を移している。玄詔は師の日峰宗舜を開山とし、自身は二世となった。享徳四年(一四五五)四月二一日には北野社領を除く「山城国葛野郡中河原田陸町余」が寺領として安堵され(「管領細川勝元奉書」天龍寺文書)、寛正六年(一四六五)一二月一二日には文書を紛失したため当知行の寺領の安堵をうけている(同文書)。しかし応仁の乱の兵火にかかり焼亡。復興にあたっては細川勝元の書院を移して方丈とし、細川政元の要請で徳芳禅傑が住して、文明五年(一四七三)には京都東福寺塔頭の昭堂を移して仏殿とし(雍州府志)、塔頭西源さいげん院も造営された。この禅傑を中興の祖とする。

元和元年(一六一五)には板倉伊賀守(勝重)および金地院崇伝より朱印七二二石余が付された(「寺領方高目録」龍安寺文書)。その内訳は西京にしのきよう(現京都市中京区)一九七石七斗九升余、龍安寺門前(現右京区)一九〇石五斗三升余、西院さいいん(現京都市中京区・右京区)七石七斗一升余、西岡物集女にしのおかもずめ(現京都府向日市)三五石、摂州はら(現大阪府高槻市)九六石二斗六升、同富田とんだ(現同市)一七四石七斗四升、丹州もり(現京都府丹波町)二〇石である。「雍州府志」に「凡有〓塔頭二十一箇所〓、其内清源院為細川家代代墳墓之地」とあるが、「和漢三才図会」は「有〓塔頭十六院〓」と記し、「国花万葉記」にはその一六院が「東〓庵、養花院、杏林庵、清源院、宜春院、西川庵、竜昌院、牧雲庵、永久院、多福庵、大珠院、妙智庵、本光院、勝林庵、見性庵、霊光院」とみえる。しかし寛政九年(一七九七)火災により方丈を残し焼亡。塔頭なども退転し、現在は大珠だいじゆ院・西源院・霊光れいこう院の三院が鏡容池の北岸に残る。大珠院は明応二年(一四九三)に一条兼良の女利貞尼が創立したと伝え、開山は慈済禅師。一時退転したが真田幸村の女婿石河備前守光吉によって再興され、院の前の池中に幸村の墓と伝える塔が建つ。

現在、山門を入ると左に鏡容池があり、北岸の塔頭三院の北に庫裏、奥に茶席蔵六ぞうろく庵、東に方丈(本堂)があり、方丈の北に細川勝元の墓と開山塔が並ぶ。方丈は慶長一一年(一六〇六)建立の西源院本堂を、寛政年間に移建したもので国指定重要文化財。方丈の前庭は枯山水式石庭として著名で、国の史跡・特別名勝の指定をうける。三方を低い油土塀に囲まれ、草木のない白砂のみのなかに一五の岩石を配したもので、俗に「虎の子渡し」とよばれる。「雍州府志」は、

庭畳〓水石〓、倭俗作〓仮山〓、是謂〓〓水石〓、其石之大者九箇、是勝元之所〓自畳〓、而其布置非〓凡巧之所〓及也、故世之設〓仮山〓者、以〓是為〓亀鏡〓、豊臣秀吉公在〓聚楽城〓時、屡来〓臨於方丈〓〓水石〓、一日被〓〓和歌〓、其時所〓〓座之僧侶并家臣、各献〓詩歌〓、其一会之短冊、今在〓寺中養花院〓

と記している。また「都林泉名勝図会」にも「所〓謂、方丈の庭は、相阿弥の作にして、洛北名庭の第一とす、庭中に樹木一株もなく、海面の体相にして、中に奇巌十種ありて、島嶼に准へ、真の風流にして、他に比類なし、これを世に虎の子渡しといふ」とある。しかし作者も作庭年代も不明である。寺蔵の紙本墨書「太平記」一二冊は国指定重要文化財(京都国立博物館寄託)

〈京都・山城寺院神社大事典〉


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