1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 遺跡
  8. >
  9. 寺・神社・教会
  10. >
  11. 鹿苑寺(金閣寺)
日本大百科全書(ニッポニカ)

鹿苑寺
ろくおんじ

京都市北区金閣寺町にある寺。金閣寺と称し、銀閣寺(慈照寺(じしょうじ))とともに一般に広く知られている。北山(ほくざん)と号し、臨済(りんざい)宗相国寺(しょうこくじ)派に属する。本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)。もとこの地には西園寺(さいおんじ)家の山荘北山殿(きたやまどの)があったが、1397年(応永4)足利(あしかが)3代将軍義満(よしみつ)がこれを譲り受け、金閣などの殿楼を造営したのが、その始まりである。1408年義満の没後、遺命によって子の義持(よしもち)がこれを禅寺に改め、夢窓疎石(むそうそせき)を請(しょう)じて開山とし、いまの寺名をたてた。この寺名は、釈迦(しゃか)の最初の説法の場所である鹿野苑(ろくやおん)からとったものである。当時は紫雲殿(しうんでん)、天上間(公卿(くぎょう)間)、拱北楼(きょうほくろう)、金閣、反橋(そりはし)、芳徳(ほうとく)殿、天鏡閣、泉殿、護摩(ごま)堂、懺法(せんぽう)堂、舎利(しゃり)殿、小御堂(みどう)、地蔵堂、看雲(かんうん)亭、塔、輪蔵、鐘楼(しょうろう)、総門、四足門などが備わり、壮観を極めたが、のち紫雲殿、天鏡閣は南禅寺に、天上間は建仁寺(けんにんじ)に、懺法堂は等持寺(とうじじ)に移転された。また文正(ぶんしょう)年間(1466~67)小御堂が炎上し、そのうえ応仁(おうにん)の乱(1467~77)で芳徳殿など多くの堂舎が破壊された。しかし、天正(てんしょう)年間(1573~92)の不動堂の再建に始まり、夕佳(せっか)亭、方丈の造建など徐々に堂舎の修理、復興が行われ、1904~06年(明治37~39)には金閣の大修繕がなされた。現に、金閣、方丈(本堂)、不動堂、大書院、夕佳亭などがあり、方丈には本尊の観音(かんのん)像のほか、夢窓疎石、足利義満の像がある。中心となる金閣は三層楼で創建当時のまま現存していたが、1950年(昭和25)放火によって焼失。現在のものは55年に同じ様式で再建されたものである。初層は平安後期の寝殿造に擬し、中層は鎌倉期の武家造、上層は仏殿造で唐様(からよう)を用い、各層に変化をもたせるとともに、内外すべて漆地(うるしじ)に金箔(きんぱく)を押してあるが、三十有余年を経て剥落(はくらく)や傷がひどくなったため、86年2月より大規模な修復工事が行なわれ、87年10月に創建当時の姿をよみがえらせた。庭園は特別史跡・特別名勝。1994年(平成6)、鹿苑寺は世界遺産の文化遺産として登録された(世界文化遺産。京都の文化財は清水寺など17社寺・城が一括登録されている)。
[平井俊榮]

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のオンライン辞書・事典サービスです。
ジャパンナレッジについて詳しく見る
鹿苑寺(金閣寺)の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 139
検索コンテンツ
1. 鹿苑寺画像
日本大百科全書
87年10月に創建当時の姿をよみがえらせた。庭園は特別史跡・特別名勝。1994年(平成6)、鹿苑寺は世界遺産の文化遺産として登録された(世界文化遺産。京都の文化 ...
2. 鹿苑寺
世界大百科事典
京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺。北山と号し,通称〈金閣寺〉で有名。現寺地辺には公家の西園寺家の山荘があったが,これを足利義満が譲り受けて,1397年(応永4 ...
3. ろくおん‐じ【鹿苑寺】
デジタル大辞泉
金閣寺の正称。  ...
4. ろくおん‐じ[ロクヲン:]【鹿苑寺】
日本国語大辞典
京都市北区金閣寺町にある臨済宗相国寺派の寺。山号は北山。金閣寺の通称で知られる。応永四年(一三九七)足利義満が西園寺家の山荘北山第を譲り受けて北山殿と称したのを ...
5. ろくおんじ【鹿苑寺】画像
国史大辞典
秀吉の朱印状など文書、さらに茶器など所蔵の文化財は多い。→北山第(きたやまてい) [参考文献]鹿苑寺編『鹿苑』、竹中郁・村上慈海『金閣寺・銀閣寺』(『古寺巡礼京 ...
6. ろくおんじ【鹿苑寺】岐阜県:美濃市/立花村
日本歴史地名大系
乙狩村に慶善庵として創立。貞享二年(一六八五)に立花村の廬山下へ移転し、寛保二年(一七四二)鹿苑寺と改称した。大正五年(一九一六)現在地へ移転し、境内に弁天堂と ...
7. ろくおんじ【鹿苑寺】京都市:北区/大北山村地図
日本歴史地名大系
(一四二二)三月二一日条に「室町殿今朝渡御北山鹿苑寺」とあり、遅くともこの時には、義満の菩提所としての鹿苑寺が成立していた。歴代足利将軍は鹿苑寺に参詣しているが ...
8. 鹿苑寺(ろくおんじ)【篇】
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 808ページ ...
9. 鹿苑(ろくおん)寺
デジタル大辞泉プラス
京都府京都市北区にある寺院、金閣寺の正式名。 2015年10月 ...
10. 金閣寺(きんかくじ)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 808ページ ...
11. ろくおんじあと【鹿苑寺跡】高知県:香美郡/土佐山田町/加茂村
日本歴史地名大系
町)の仁王講供料田五反のうち二反五代は、鹿苑寺住僧山本法橋重成の代々相伝の地ゆえに「相伝状等分明之上者、如元重成彼供田永代可令知行」とある。当時鹿苑寺は深淵神社 ...
12. あしかがよしてる【足利義輝】画像
国史大辞典
刺し立てて置いて取替え取替え斬り合うという状態であったという。生母慶寿院も同日自殺(五十二歳)、弟鹿苑寺〓は殺され、末弟の奈良一乗院 ...
13. 足利義満
世界大百科事典
殿(金閣)以下多数の殿舎より成る北山第を造営して,ここを政庁に兼ねて公武貴族社交の場とした(鹿苑寺)。義満はまた,出家の前後より法皇なみの格式で内外の儀式に臨む ...
14. あしかが‐よしみつ【足利義満】
日本国語大辞典
応永元年(一三九四)一二月、将軍職を義持に譲る。同二年出家。京都の北山に山荘を造営し金閣寺(鹿苑寺)を建て、同五年ここに移り、北山殿と称された。法名鹿苑院天山道 ...
15. あまるべのさとのしょう【余部里庄】京都府:舞鶴市/大浦地区
日本歴史地名大系
、以〓故院主松嶺和尚、鹿苑寺維馨和尚、等持院月翁和尚等、調〓連判白状 ...
16. 池画像
日本大百科全書
。室町時代には、禅宗寺院の三門前の放生池(ほうじょうち)や永保寺(えいほうじ)の庭園のほか、鹿苑寺(ろくおんじ)(金閣寺)、慈照寺(じしょうじ)(銀閣寺)の庭園 ...
17. いけい-ぼんけい【維馨梵桂】
日本人名大辞典
寺住持をつとめ,同寺の復興に尽力。この間文明5年鹿苑(ろくおん)院主となり僧録をかねた。のち鹿苑寺住持。延徳2年12月5日死去。87歳。別号に泰雲,東蘆。著作に ...
18. いげのき【神母ノ木】高知県:香美郡/土佐山田町/佐古藪村
日本歴史地名大系
製糸工場・種馬所などが建設され、物部川東岸における主要な地となっている。なお神母ノ木の地名は鹿苑寺過去帳(長久家蔵)に「文化三年 神母ノ木ホイト頭六助」、文化一 ...
19. 一休和尚年譜 1 51ページ
東洋文庫
とに持ち来り、横川が跋文を付け、さらにずっと後の万治二年(一六五九)に鹿苑寺の鳳林承章が識語を付して『続集』に補写挿入されたいわくつぎの文章で、記中に義満・義持 ...
20. 一休和尚年譜 1 259ページ
東洋文庫
、亭は則ち無しと云々」とあり、記事を略した部分に北山第の華麗な規模を記している。端渓はこの年鹿苑寺に住していた。ここでの大内義弘の立場は義満の意向に逆らう者とし ...
21. いとう-かんそう【伊藤貫宗】
日本人名大辞典
臨済(りんざい)宗。京都鹿苑(ろくおん)寺(金閣寺)の住職を晩年までつとめる。療病館をもうけて貧者に施療し,鹿苑寺の保存にもつくした。明治41年2月25日死去。 ...
22. 伊藤若冲
世界大百科事典
表現効果には,濃彩の作品に通じるマチエールの画家としての側面がうかがえる。水墨画の代表作に《鹿苑寺大書院障壁画》(1759)がある。また,拓版画は日本版画史上に ...
23. いわかげ【石陰】京都市:北区/大北山村地図
日本歴史地名大系
藤原家隆(壬二集)岩陰山、石(岩)陰氷室は、当地西方の原谷にあったと考えられる。「山城名勝志」に「今鹿苑寺西有〓氷室谷 ...
24. いわさきひむろあと【石前氷室跡】京都市:北区/大北山村地図
日本歴史地名大系
宇多川西岸に「氷室池」と称する小池があり、また現在付近を氷室町という。「山城名勝志」は、「今鹿苑寺西有〓氷室谷 ...
25. いんじょうじ【引接寺】京都市:上京区/乾隆学区/閻魔前町地図
日本歴史地名大系
図)、桜花と密接なかかわりをもっていた。当寺の名木普賢象桜は、後小松天皇が北山山荘(現北区の鹿苑寺)行幸の際、当寺に立寄り分け与えたという。その名称について京都 ...
26. うたがわ【宇多川】京都市:右京区/花園
日本歴史地名大系
衣笠山と鹿苑寺(金閣寺)の後ろ山から流れ出た二つの渓流が、妙心寺域の北東(現谷口唐田ノ内町辺り)で合流。同寺域の東側を南流し、安井村域で西に流れを変え、西端(現 ...
27. おおきたやまむら【大北山村】京都市:北区地図
日本歴史地名大系
享保一四年(一七二九)山城国高八郡村名帳による村高は四三一石四斗、内訳は鹿苑寺領二九四石一斗八升余、金地院領八九石五斗余、平野社領四三石七斗余。鹿苑寺の門前には ...
28. 伽婢子 2 242ページ
東洋文庫
本話は義満が応永二年三八歳で出家 した際、西園寺家から北山山荘を譲り受けて造営 した北山第、鹿苑寺(金閣寺)を舞台としたもの である。二二五八1一四〇八。芦名盛 ...
29. 改訂 京都民俗志 62ページ
東洋文庫
〔本圀寺は移転中〕。 銀河泉 北区、鹿苑寺(金閣寺)の庭園にある。銀河泉は足利義満の茶の湯に汲んだ水で、同じく巌河水(岩下水)は手洗いの水と伝える。鹿苑寺八景の ...
30. 改訂 京都民俗志 103ページ
東洋文庫
にも菅神登天石があって、法性坊尊意の旧址である由が都花月名所などに見えるo 空海登天石 北山鹿苑寺(金閣寺)の石不動堂のそばに空海の登天石がある。 歯神 御苑内 ...
31. 改訂 京都民俗志 202ページ
東洋文庫
それで行円の建てた行願寺(西国十九番の札所。今中京区寺町竹屋町東側にある)も、一名革堂ととなえる。 鹿苑寺(金閣寺)の名は、足利義満が林泉に鹿を放って深山の趣き ...
32. 隔〓
日本大百科全書
京都鹿苑寺(ろくおんじ)(金閣寺(きんかくじ))住持鳳林承章(ほうりんしょうしょう)の日記。30冊。自筆本は同寺に所蔵され、その期間は1635年(寛永12)8月 ...
33. かくめいき【隔〓記】
日本国語大辞典
江戸前期の日記。三〇冊。鳳林承章著。寛永一二年(一六三五)から寛文八年(一六六八)までが伝存。著者は、京都鹿苑寺(金閣寺)の住持で、文学・芸能・美術関係の記事が ...
34. かくめいき【隔〓記】
国史大辞典
江戸時代初期の鹿苑寺住持鳳林承章の日記。三十冊。自筆本が鹿苑寺に現存する。最も早い日記は寛永十二年(一六三五)八月承章四十三歳の時のもの、最後は死去の二月前の ...
35. かどのぐん【〓野郡】
国史大辞典
は仁和寺・大覚寺・二尊院・神護寺・高山寺・広隆寺・西芳寺など著名社寺が点在し、南北朝時代以降鹿苑寺・等持院・妙心寺・竜安寺・天竜寺・臨川寺など臨済宗諸寺がこれに ...
36. 仮名手本忠臣蔵(浄瑠璃集) 116ページ
日本古典文学全集
梵鐘(銘「国家安康」)などで有名。以上は、京都東山沿い、京内参りの名所。衣笠村(京都市北区)の臨済宗相国寺末寺鹿苑寺。林泉の美を尽し、八勝八景十境が備る。「其外 ...
37. 金森宗和
世界大百科事典
伴って京都に隠棲した。大徳寺の紹印伝双に参禅して剃髪,宗和と号した。近衛応山信尋,一条昭良をはじめ,鹿苑寺の鳳林承章,小堀遠州,片桐石州らの公武貴顕と親交した。 ...
38. かなもりそうわ【金森宗和】
国史大辞典
て内部は公家風に洗練された意匠を尽くしている。その他宗和好の茶室としては大徳寺真珠庵庭玉軒、鹿苑寺金閣の夕佳亭など。宗和は野々村仁清の御室焼も援助し、自会で御室 ...
39. きた【北】[京都市の区]画像地図
デジタル大辞泉
京都市北部の区名。昭和30年(1955)上京区から分離。大徳寺・鹿苑寺・上賀茂神社などがある。  ...
40. きたいのくまちょう【北猪熊町】京都市:上京区/桃薗学区地図
日本歴史地名大系
記」の正保四年(一六四七)一二月二一日条にも「西陣町代新四郎亦初逢也」とあり、著者の鳳林承章を鹿苑寺に訪れている。京都御役所向大概覚書は当町に「大鞁」師の居住を ...
41. 北山(京都市)
日本大百科全書
産出する。 なお、東麓(とうろく)の鹿苑寺(ろくおんじ)(金閣寺)一帯は明治中期までは大北山村といい、室町時代には足利義満(あしかがよしみつ)の別業北山殿が営ま ...
42. きたやまてい【北山第】
国史大辞典
一九五〇)不慮の火災で焼亡し、今見る金閣は同三十年復元落慶したものである。→鹿苑寺(ろくおんじ) [参考文献]鹿苑寺編『鹿苑』、川上貢『日本中世住宅の研究』、臼 ...
43. きたやま‐どの【北山殿】
デジタル大辞泉
京都北山にあった足利義満(あしかがよしみつ)の別荘。義満の死後、鹿苑寺(ろくおんじ)(金閣寺)となった。北山第(きたやまてい)。  ...
44. きたやま‐どの【北山殿】
日本国語大辞典
応永元年(一三九四)譲り受けて造営。寝殿、舎利殿、小御所などの建物と、広大な庭園とがある。義満の死後、鹿苑寺(金閣寺)となった。〔二〕(転じて)足利義満の別称。 ...
45. きたやまどのあと【北山殿跡】京都市:北区/大北山村地図
日本歴史地名大系
泉殿・看雪亭も姿を消している。日野康子の死後まもなく足利義持によって鹿苑寺が営まれ、わずかに残された舎利殿以下の建物は、この鹿苑寺に引継がれた。 ...
46. 北山文化
日本大百科全書
(慈照寺銀閣(じしょうじぎんかく))を中心に開花したので東山文化とよぶのに対して、北山山荘(鹿苑寺金閣(ろくおんじきんかく))を中心に栄えたというのでこのように ...
47. 北山文化
世界大百科事典
,のちの東山文化に対比していう呼称。室町幕府第3代将軍足利義満が,1398年(応永5)に営んだ北山山荘(鹿苑寺はその一部)に象徴させた,文化史上の用語であるが, ...
48. きょうと【京都】画像地図
デジタル大辞泉
京都市の賀茂別雷神社、賀茂御祖神社、教王護国寺、清水寺、醍醐寺、仁和寺、高山寺、西芳寺、天竜寺、鹿苑寺、慈照寺、竜安寺、本願寺、二条城、宇治市の平等院、宇治上神 ...
49. きん‐かく【金閣】
デジタル大辞泉
1 黄金で飾った高殿。また、豪華な楼閣。 2 鹿苑寺(ろくおんじ)の舎利殿の通称。  ...
50. きんかく【金閣】
国史大辞典
鹿苑寺(ろくおんじ)  ...
「鹿苑寺(金閣寺)」の情報だけではなく、「鹿苑寺(金閣寺)」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

鹿苑寺(金閣寺)と同じ寺・神社・教会カテゴリの記事
興福寺(国史大辞典)
奈良市登大路町にある法相宗大本山。南都七大寺の一つ。寺伝では「こうぶくじ」という。縁起によると、天智天皇八年(六六九)藤原鎌足の死去に際し、妻の鏡女王が鎌足の念持仏の釈迦丈六像などを祀る伽藍をその山階(山科)邸に設けたのに始まり(山階寺)、その子不比等によって藤原京の厩坂に移遷(厩坂寺)
東大寺(国史大辞典)
奈良市雑司町にある華厳宗の総本山。大華厳寺・金光明四天王護国寺・総国分寺などの別称がある。南都七大寺・十三大寺・十五大寺の一つ。東大寺の寺号は平城京の東方にある大寺を意味し、『正倉院文書』の天平二十年(七四八)五月の「東大寺写経所解案」に初見するが
法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町にある聖徳(しょうとく)宗総本山。斑鳩寺(鵤寺、伊可留我寺とも書く)、法隆学問寺などの異称がある。南都七大寺の一つ。草創の由来は、金堂の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)光背銘によると、用明(ようめい)天皇が病気平癒を念じ
龍潭寺(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。県道引佐―舘山寺(かんざんじ)線の西側の小丘陵上に位置する。臨済宗妙心寺派。山号は万松山、本尊は行基作と伝える虚空蔵菩薩。元文六年(一七四一)に気賀(けが)関所(現細江町)に差出した御要害村寺院縁寿録(山本家文書)によると、天平五年(七三三)に行基が地蔵寺を開創、のち自浄(じじよう)院と改号した
渭伊神社(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。井伊谷(いいのや)の北西端に鎮座する。社域西側を神宮寺(じんぐうじ)川が半円を描いて流れ、杉・檜・楠の古木が社叢をなす。祭神は品陀和気命・息気長足姫命・玉依姫命。旧郷社。「延喜式」神名帳にみえる引佐郡六座のうちの「渭伊(イイノ)神社」に比定される。
寺・神社・教会と同じカテゴリの記事をもっと見る


「鹿苑寺(金閣寺)」は寺・神社・城に関連のある記事です。
その他の寺・神社・城に関連する記事
長谷寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県桜井市初瀬にある寺。真言宗豊山派総本山。豊山神楽院長谷寺と号する。初瀬寺とも書かれ、豊山寺、長谷観音とも称する。本尊は十一面観音。西国三十三所第8番札所。686年(朱鳥1)弘福寺(川原寺)の道明上人が天武天皇の病気平癒祈願のため、法華説相図銅板(千仏多宝塔を鋳出)
橿原神宮(改訂新版・世界大百科事典)
奈良県橿原市に鎮座。神武天皇と皇后媛蹈鞴五十鈴媛命をまつる。社地は畝傍山の東南にあたり,神武天皇が宮居を営んだ橿原宮の跡という。当地はすでに元禄年間(1688-1704)に神武天皇の神廟を営もうとする動きがあったが,1888年橿原宮跡の考証ののち,民間より神社建設の請願があり
禅林寺(永観堂)(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
京都市左京区永観堂町にある。浄土宗西山禅林寺派の総本山。山号は聖衆来迎山。一般に永観堂と呼ばれている。空海の高弟真紹が仁寿三年(八五三)藤原関雄の山荘を買い大日如来などの五像を安置し、貞観五年(八六三)定額寺に預かり、禅林寺の名を賜わった
談山神社(日本歴史地名大系・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
[現]桜井市大字多武峰 多武峯の御破裂山南腹に鎮座。藤原鎌足を祀る旧別格官幣社。鎌足の冠位にちなんで大織冠社・多武峯社ともいい、江戸時代までは多武峯寺と一体のものであった。多武峯寺の中核である妙楽寺と聖霊院の対立を防ぐために、延長四年
百万塔(改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
奈良時代に作られた轆轤びき木製三重小塔で,塔身部に〈陀羅尼経〉を納めている。相輪部と塔身部に分かれ,それぞれ一木を用いて削り出す。大きさは個体によって異なるが,標準的なもので総高21.4cm,基底部径10.5cm,塔身部のみの高さは13.4cmある。塔身部の軸部上端を筒状にえぐり
寺・神社・城に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る