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  11. 南禅寺
日本大百科全書(ニッポニカ)
南禅寺
なんぜんじ

京都市左京区南禅寺福地町にある臨済(りんざい)宗南禅寺派の大本山。正式には瑞竜(ずいりょう)山大平興国(たいへいこうこく)南禅禅寺といい、京都五山の首位にたつ禅寺である。1291年(正応4)亀山(かめやま)上皇が離宮を改めて建てた寺で、初め竜安山禅林禅寺と称していたが、南禅寺とするにあたって東福寺開山円爾弁円(えんにべんえん)の法を継いだ無関普門(むかんふもん)(仏心(ぶっしん)禅師、大明(たいみん)国師)を招いて開山とした。門下の規庵祖円(きあんそえん)が第2世となってこの寺の基礎を築いた。1299年(正安1)亀山上皇の勅命で諸山の禅僧のうちでとくに優れた者を住持させることになってからは、第3世一山一寧(いっさんいちねい)、第5世約翁徳倹(やくおうとくけん)、第9世夢窓疎石(むそうそせき)、第15世虎関師錬(こかんしれん)、第39世春屋妙葩(しゅんおくみょうは)、第44世義堂周信(ぎどうしゅうしん)などの名僧が入山した。南禅寺の社会的な地位はきわめて高く、1335年(建武2)に京都五山の第一とされ、1383年(弘和3・永徳3)に足利義満(あしかがよしみつ)が京都鎌倉五山十刹(じっさつ)の制度をつくった際には、天下第一位として五山の上に置かれた。歴代の朝廷や足利、豊臣(とよとみ)、徳川諸家の保護を受け、江戸時代には第270世以心崇伝(いしんすうでん)が幕府の信任を受けて寺社関係の政策をつかさどり、1615年(元和1)寺社奉行(ぶぎょう)の前身である僧録司(そうろくし)となった。
 諸堂伽藍(がらん)は1467年(応仁1)までに数度の火災で焼失し、山門(三門)、法堂(はっとう)、方丈、勅使門など現存の建物は安土(あづち)桃山時代以後の建造物である。山門(国重要文化財)は1628年(寛永5)大坂夏の陣に倒れた将士の菩提(ぼだい)を弔うため藤堂高虎(とうどうたかとら)によって再建されたもので、天下竜門といい、上層の楼を五鳳楼(ごほうろう)とよぶ。また歌舞伎(かぶき)の『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』の石川五右衛門(ごえもん)の伝説で有名。方丈(国宝)は大方丈と小方丈に分かれている。大方丈は1611年(慶長16)後陽成(ごようぜい)天皇より下賜された旧清涼殿(一説には正親町(おおぎまち)院御所対面所)を移建したもので、各室には狩野元信(かのうもとのぶ)・永徳(えいとく)筆と伝える豪華な桃山式の襖絵(ふすまえ)がある。小方丈は旧伏見(ふしみ)城の遺構で、狩野探幽(たんゆう)筆と伝える襖絵『水呑(みずのみ)の虎(とら)の図』は名高い。大方丈南面の庭園は慶長(けいちょう)年間(1596~1615)小堀遠州作と伝える禅院式枯山水(かれさんすい)庭園で、巨石の姿から俗に「虎の子渡しの庭」とよばれる。北側には宗〓(そうへん)流の茶室不識庵(ふしきあん)があり、露地を囲む竹垣は南禅寺垣といわれる。寺宝には、亀山天皇宸翰(しんかん)禅林寺御起願文案(国宝)をはじめ、開山の『頂相(ちんぞう)大明国師像』、『釈迦(しゃか)十六善神画像』、『薬山李〓(やくさんりこう)問答図』、『江山漁舟図』(蒋三松筆)、『達磨(だるま)像』(祥啓筆)などの絵画、彫刻では木造聖観音(しょうかんのん)立像、工芸では鎌倉彫牡丹模様香盒(ぼたんもようこうごう)(以上、重文)などがある。
 塔頭(たっちゅう)は現在、金地(こんち)院、天授(てんじゅ)庵、帰雲(きうん)院、光雲(こううん)寺、聴松(ちょうしょう)院、真乗(しんじょう)院、高徳(こうとく)庵、法皇(ほうこう)寺、慈氏(じし)院、正因(しょういん)庵、正的(しょうてき)院、南陽(なんよう)院の12院がある。金地院には『渓陰小築(けいいんしょうちく)図』『秋景冬景山水図』二幅(ともに国宝)などや、小堀遠州が崇伝の依頼を受けて設計した茶室八窓(はっそう)席(重文)がある。また、別院南禅院は離宮禅林寺殿の「上の宮」遺跡で、南禅寺発祥の地といわれている。
[菅沼 晃]


『都名所之内 南禅寺大燈爐』[百科マルチメディア]
都名所之内 南禅寺大燈爐
長谷川貞信(初世)画 1854年(安政1) 国立国会図書館所蔵

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東寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
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1. 南禅寺画像
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2. 南禅寺[百科マルチメディア]画像
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5. なんぜん‐じ【南禅寺】地図
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6. なんぜん‐じ【南禅寺】
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7. 南禅寺[図版]画像
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8. なんぜんじ【南禅寺】画像
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教活動を行なっている。 [参考文献]桜井景雄編『南禅寺史』 天授庵(てんじゅあん)  京都市左京区南禅寺福地町にある、臨済宗南禅寺派の本山南禅寺の開山塔である。 ...
9. なんぜんじ【南禅寺】京都市:左京区/南禅寺門前地図
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10. 南禅寺
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幕府,五山の座位を定め, 南禅寺 を五山の上とする(円覚寺文書)。 1393年〈明徳4 癸酉〉 8・22 南禅寺 全焼(良賢真人記)。 1447年〈文安4 丁卯 ...
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12. 南禅寺
デジタル大辞泉プラス
京都府京都市左京区にある寺院。創建は1291年。臨済宗南禅寺派大本山、本尊は釈迦牟尼仏。国宝の方丈など多くの文化財を保有。境内は国指定史跡。 2015年10月 ...
13. なんぜんじ【南禅寺】[方言]
日本方言大辞典
にがりを加える前のまだ凝固していない豆腐。寄せ豆腐。 山形県庄内139山形県方言辞典(山形県方言研究会)1970 ...
14. Nanzenji 【南禅寺】
Encyclopedia of Japan
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15. 南禪寺鎭守神 (見出し語:南禪寺【篇】)
古事類苑
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16. 南禅寺金地院蔵書印[図版]画像
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17. なんぜんじ‐どうふ【南禅寺豆腐】
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〔名〕京都市左京区にある南禅寺の門前で商われた豆腐で、京都東山の名物。また、小判形に切った豆腐の両面をいため焼きしたものもいう。南禅寺。*咄本・軽口独機嫌〔17 ...
18. なんぜんじ‐は【南禅寺派】
デジタル大辞泉
京都の南禅寺を本山とする臨済宗の一派。無関普門を始祖とする。  ...
19. なんぜんじ‐は【南禅寺派】
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20. 南禪寺派(なんぜんじは)
古事類苑
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21. 南禅寺蒸し
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かまぼこなどを入れ、蒸し茶碗(ぢゃわん)に入れて蒸し、薄葛(くず)あんをかける。京都の南禅寺は豆腐で有名なところから、豆腐を南禅寺としゃれて用いたものである。河 ...
22. なんぜんじもんじょ【南禅寺文書】
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23. なんぜんじもんぜん【南禅寺門前】京都市:左京区地図
日本歴史地名大系
[現]左京区南禅寺〈北ノ坊町・草川町・下河原町・南禅寺山町・福地町・風呂山町〉・永観堂町・永観堂西町 北は鹿ヶ谷村、東は現山科区、南から西にかけて粟田口村(現東 ...
24. 南禪寺與園城寺確執 (見出し語:園城寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 661ページ ...
25. 禪林寺(ぜんりんじ)[京都南禪寺]
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 658ページ ...
26. 『天下南禅寺記』
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1413年〈応永20 癸巳〉 この頃 有諸 『天下南禅寺記』 成るか。  ...
27. てんかなんぜんじき【天下南禅寺記】
国史大辞典
臨済宗南禅寺派の本山である南禅寺の開創の由来、開山などの主要なことを記し、室町時代の南禅寺のすべての伽藍の配置についてかなり詳細に記述した重要な史料である。一 ...
28. 『都名所之内 南禅寺大燈爐』[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
長谷川貞信(初世)画 1854年(安政1) 国立国会図書館所蔵 ...
29. 名物南禅寺前湯菽腐店[図版]画像
国史大辞典
都林泉名勝図会 (c)Yoshikawa kobunkan Inc.  ...
30. 龜山天皇創南禪寺 (見出し語:龜山天皇)
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31. 普門爲南禪寺開山 (見出し語:普門)
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32. あいおいし【相生市】兵庫県
日本歴史地名大系
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33. あいおふたじまむら【秋穂二島村】山口県:山口市
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日本歴史地名大系
建武元年(一三三四)七月一二日の後醍醐天皇綸旨案(南禅寺文書、以下とくに断らない限り同文書)に鮎河郷とみえる(→江富郷)。観応三年(一三五二)九月二一日には足利 ...
35. あいがむら【鮎河村】滋賀県:甲賀郡/土山町
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享保一四年の神事覚書(鮎河区有文書)によれば、神事能として翁が奉納され、相撲が行われていた。モタレには臨済宗南禅寺派の栖碧院、同宗東福寺派の見性庵、辻ノ垣外に同 ...
36. あおじま【青島】静岡県:藤枝市
日本歴史地名大系
現在の上青島・下青島を中心とする一帯に比定される。嘉吉三年(一四四三)に作成された初倉庄江富郷検地目録(南禅寺文書)に「青嶋国境」とみえ、当地が駿河・遠江の国境 ...
37. あかづほ【飽津保】愛知県:瀬戸市/赤津村
日本歴史地名大系
山城国の醍醐寺三宝院門跡領となり、同年から応永一〇年(一四〇三)までの醍醐寺文書に「飽津高田 八貫文 南禅寺」「飽津大屋 四百文」「飽津本保 一貫六百六十八文」 ...
38. あかまがせき【赤間関】山口県:下関市
日本歴史地名大系
浄土真宗本願寺派の光国山教法寺・願海山極楽寺・玉家山光明寺、臨済宗東福寺派の高照山法福寺、臨済宗南禅寺派の重関山永福寺、本門法華宗の清照山本行寺などがある。 ...
39. あがたほ【英田保】石川県:河北郡
日本歴史地名大系
庫)、昌家が在京中、国元の支配を託した守護代英田次郎四郎は富樫一族である(康暦二年五月三日「南禅寺塔頭慈聖院領諸庄園重書正文已下目録」早稲田大学所蔵文書)。通幻 ...
40. あこうし【赤穂市】兵庫県
日本歴史地名大系
地頭飽間氏は隣接する矢野庄(現相生市)の公文で御家人でもある寺田氏と姻戚関係を結び、飽間氏の宿所から南禅寺領矢野庄別名に討入って悪党として訴えられた。この地域に ...
41. あさだぜんのすけ【朝田善之助】
国史大辞典
俗に「朝田理論」と呼ばれて多くの論議を呼んだ。昭和五十八年四月二十九日没。八十歳。墓は京都市左京区南禅寺北ノ坊町の光雲寺にある。著書に自伝『差別と闘いつづけて』 ...
42. あさまむら【朝熊村】三重県:伊勢市/宇治地区
日本歴史地名大系
[現]伊勢市朝熊町 五十鈴川と朝熊川の合流点より朝熊川側のやや上流にある。臨済宗南禅寺派の金剛証寺への登拝口にあたり、参宮者の多くが登山したため、近世は旅籠屋・ ...
43. あしかがうじみつ【足利氏満】画像
国史大辞典
四十歳。鎌倉瑞泉寺(塔頭永安寺)に葬られた。法名永安寺璧山道全。鎌倉報恩寺住持義堂周信(のちに京都南禅寺住持)に帰依し、政治上の指導も受け、周信は「犬猿の仲」と ...
44. あしかりむら【芦刈村】佐賀県:小城郡/芦刈町
日本歴史地名大系
村内には神社仏閣が多く、天満神社・瀬川神社(祭神瀬織津姫命)・永明寺(臨済宗南禅寺派)・円心寺(浄土真宗本願寺派)・己身寺(臨済宗南禅寺派、徳峰開基)・常心寺( ...
45. あずちのしゅうろん【安土宗論】
国史大辞典
光院日諦・京都妙満寺の久遠院日淵・京都妙顕寺内法音院の僧某(記録者)、各四人が左右に対坐し、南禅寺の鉄叟景秀とその伴僧の華渓正稷、たまたま安土に来ていた因果居士 ...
46. あそうのしょう【麻生庄】滋賀県:蒲生郡/蒲生町
日本歴史地名大系
状に任せて儀俄幸夜叉丸が領知すべきことを命じている。のちこの当庄四分一については、誤って京都南禅寺上生院に寄進されるということがあったらしい。足利義満は永徳二年 ...
47. あだこむら【畔蛸村】三重県:鳥羽市
日本歴史地名大系
明治一三年(一八八〇)戸数四四、人数二二三(「海陸産物一覧表」鳥羽市立図書館蔵)。西明寺は臨済宗南禅寺派、本尊は阿弥陀如来木造坐像で鎌倉期のものと伝える。北条時 ...
48. 安土桃山時代
日本大百科全書
狩野山楽(さんらく)、海北友松(かいほうゆうしょう)のごとき名筆が現れ、大徳寺聚光院(じゅこういん)、南禅寺、大覚寺、妙心寺天球院、そのほか京都の寺院などに、花 ...
49. あぬのしょう【阿努庄】富山県:氷見市
日本歴史地名大系
五日の足利将軍家御教書(遺編類纂所収南禅寺文書)によれば、阿努庄地頭職半分が幕府奉行人布施資連(昌椿)から、足利義満の信任厚い龍湫周沢を塔主とする京都南禅寺慈聖 ...
50. あぬのしょう【阿努荘】
国史大辞典
ため、領有関係は錯雑して明確でないが、上荘(上庄川の上流地域)地頭職は幕府奉行人布施昌椿から南禅寺慈聖院に寄進され、また荘内中村の本家分は春日社に属し、同じく中 ...
「南禅寺」の情報だけではなく、「南禅寺」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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