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  11. 草双紙
日本大百科全書(ニッポニカ)

草双紙
くさぞうし

江戸時代の小説の一ジャンル。江戸特有の挿絵入り仮名書き小説で、寛文(かんぶん)末年(17世紀後半)ごろに刊行され始めた幼童向けの絵本である赤本を初めとして、黒本、青本、黄表紙、合巻(ごうかん)という順序で展開し、明治10年代(1877~86)まで出版され続けた絵双紙の総称。江戸時代のもっとも通俗的な小説の一つで、「草」は似て非なるもの、本格的でないものというほどの意を表す卑称である。判型の多くは中本型(四六判。縦約18センチメートル、横13センチメートル)で、1冊5丁(10ページ)よりなり、1~3冊からなるが、合巻には100冊に及ぶ大部なものも数多い。赤本、青本、黄表紙などの呼び名は表紙の色によるもので、合巻はそれらが長編化し、数冊が合綴(がってつ)されるようになったがための呼び名であったが、またそれらはそれぞれに独自の内容的特徴をもっていたので、今日ではそれらの文芸のもつ特質をもその名でよんでいる。
[宇田敏彦]

赤本・黒本・青本

赤本は最初期の草双紙で、1662年(寛文2)ごろ発生した幼童向けの絵本である。素朴な絵と簡単な書き入れとからなり、表紙は丹色(にいろ)で絵題簽(えだいせん)を張り、判型は四六判と赤小本とよばれる小型のものがあったが、出版の商業化とともに四六判に統一され、以後この判型が草双紙のみならず、近代の小説本の大きさの原型となった。よく知られた前代からのおとぎ話や怪異譚(たん)を内容とし、叙述はきわめて簡潔なものであったが、しだいに歌舞伎(かぶき)や浄瑠璃(じょうるり)の素材を題材とするようになって複雑化するとともに、大人の、とくに青少年向けの読み物へと脱皮していった。延享(えんきょう)(1744~47)初年ごろ、染料の値段の関係から表紙が黒色にかわって黒本が、また同じころ萌黄色(もえぎいろ)表紙の青本が誕生し、ともに演劇の演目に取材した史伝、伝説、神仏の霊験譚などを内容とした。初期は作者、画工とも不明の作が多いが、しだいに浮世絵創生期の代表的画家の奥村政信(まさのぶ)、鳥居清満(きよみつ)、富川房信(とみかわふさのぶ)らが作者を兼ねて活躍し、やがて専業の作者丈阿(じょうあ)などが出て草双紙の世界も大きくさま変わりして、滑稽洒脱(こっけいしゃだつ)な叙述で現実世界の世態人情をも写すようになり、次代の黄表紙を生み出す母体を醸成することとなった。
[宇田敏彦]

黄表紙・合巻

1775年(安永4)恋川春町(こいかわはるまち)が『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』を自画作で発表し、草双紙の世界は大転換期を迎える。この作は、そのころの江戸で成人の読み物としてもてはやされていた洒落本(しゃれぼん)の世界の絵解き、戯画化ともいうべきもので、精緻(せいち)な現実描写、知的で滑稽洒脱な視点と筆致が注目される。ちょうどこのころ、表紙も退色しやすい萌黄色から、値段も安く色もあせない黄色に変わって定着し、ここに黄表紙の誕生となった。以後黄表紙は、自由主義的な田沼時代を背景に、春町、朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)らの武家作者や山東(さんとう)京伝、芝全交らの町人作者、北尾重政(しげまさ)、鳥居清長、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)ら当代第一級の浮世絵師を中核とし、安永(あんえい)末年から天明(てんめい)年間(1780年代)にかけて、狂歌壇を中心とする天明文壇の隆盛とともに全盛期を招来し、軽妙な風刺性、奇想天外なパロディー(戯画化)を駆使した、内容よりもその表現に意義を認めざるをえない独特の文学形態を生み出した。
 しかし田沼意次(おきつぐ)の失脚、保守派の松平定信(さだのぶ)による寛政(かんせい)の改革(1787~93)により、その軽い風刺性すらもとがめられ、武家作者の総退場や、作風の転換を迫られる結果となった。心学を取り入れた教訓性の強いものや敵討物(かたきうちもの)の流行がそれで、しだいに筋(すじ)も複雑化し、長編化して、1807年(文化4)ごろには装丁を変えた合巻へと移行していった。末期には、のちに小説の世界に新ジャンルを開拓する曲亭馬琴(きょくていばきん)、式亭三馬(しきていさんば)、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)らがあり、画工には歌川豊国(とよくに)・国貞(くにさだ)らの活躍が著しい。合巻の特徴は、複雑でグロテスクな筋立てと、挿絵が役者の似顔で描かれる点など演劇との結び付きが密接なところにあり、京伝、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)らを代表作者として、初期には短編物であったが、しだいに長編化して『白縫譚(しらぬいものがたり)』のように90編・各4冊という長大な作も出るに至った。血みどろなグロテスクさはその題材による点が多いが、時代の要求および天明期の知的で滑稽洒脱な戯作(げさく)精神の裏返しであったところにも注目したい。
[宇田敏彦]

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検索コンテンツ
1. 草双紙
日本大百科全書
今日ではそれらの文芸のもつ特質をもその名でよんでいる。宇田敏彦赤本・黒本・青本赤本は最初期の草双紙で、1662年(寛文2)ごろ発生した幼童向けの絵本である。素朴 ...
2. 草双紙画像
世界大百科事典
れる。草双紙の称は上述5様式の総称だが狭くは合巻を呼ぶ。本格的ではないという意の称呼で,赤本は童幼教化的,黒・青本で調子を高め,黄表紙は写実的な諧謔み,合巻は伝 ...
3. くさ‐ぞうし【草双紙】
デジタル大辞泉
江戸中期以降に流行した大衆的な絵入り小説本の総称。各ページに挿絵があり、多くは平仮名で書かれた。ふつう、大半紙半截(はんせつ)二つ折り、1巻1冊5丁(10ページ ...
4. くさ‐ぞうし[:ザウシ]【草双紙】
日本国語大辞典
だいり)上臈 大方は恋路をかける草双紙(クサザウシ)」*浄瑠璃・傾城島原蛙合戦〔1719〕三「ふたりの死骸を人が見て、幡楽が浮気な心中したといふで有ふ。若草双紙 ...
5. くさぞうし【草双紙】
国史大辞典
[参考文献]石田元季『草双紙のいろいろ』、麻生磯次『近世小説』(『日本文学教養講座』九)、水谷弓彦『草双紙と読本の研究』(『水谷不倒著作集』二)、小池藤五郎「江 ...
6. 草雙紙(くさぞうし)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 944ページ ...
7. kusazōshi 【草双紙】
Encyclopedia of Japan
Type of popular fiction of the Edo period (1600−1868), published in books known  ...
8. 草雙紙
古事類苑
文學部 洋巻 第3巻 358ページ ...
9. くさぞうし‐たい[くさザウシ:]【草双紙体】
日本国語大辞典
〔名〕草双紙に用いられたような文体。雅語と俗語をうまく折衷させた文体。*小説神髄〔1885〜86〕〈坪内逍遙〉下・文体論三「雅俗折衷の文体は一にしてたらず、今大 ...
10. 草双紙物
世界大百科事典
草双紙(合巻(ごうかん))に取材した歌舞伎狂言の一系統。1806年(文化3)刊の式亭三馬作《雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)》をはじめとする合 ...
11. くさぞうしもの【草双紙物】
歌舞伎事典
 草双紙(合巻(ごうかん))に取材した歌舞伎狂言の一系統。文化三(1806)年刊の式亭三馬作《雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)》を権輿とする合 ...
12. あお[あを]【青】画像
日本国語大辞典
言解〔1802〕一「『青とはなんの事ざんすへ』『青とは草双紙(くさざうし)のことさ』」*合巻・偐紫田舎源氏〔1829〜42〕四・序「黄(アヲ)とはかかる草双紙( ...
13. 青本
日本大百科全書
草双紙 ...
14. あお‐ほん【青本】
デジタル大辞泉
《「あおぼん」とも》 1 江戸中期、享保ごろから赤本のあとを受けて黒本とともに婦女子の間に流行した草双紙(くさぞうし)の一。萌葱(もえぎ)色の表紙であるところか ...
15. あお‐ほん[あを:]【青本】
日本国語大辞典
〔名〕(「あおぼん」とも)近世に行なわれた草双紙の名。赤本と黄表紙との中間にあたり、黒本にやや遅れて、延享頃から安永頃にかけて流行した。萠葱(もえぎ)色の表紙で ...
16. あおほん【青本】
国史大辞典
青本につづく大衆文芸黄表紙の巨大な流れである。→黄表紙(きびょうし),→草双紙(くさぞうし),→黒本(くろほん) [参考文献]小池藤五郎「江戸草紙(草双紙)」( nbsp;...
17. 赤本
日本大百科全書
江戸中期の草双紙(くさぞうし)の一種。幼童向けの絵本で、表紙が丹色(にいろ)(赤)のためこの名がある。寛文(かんぶん)末年(1670ころ)より、江戸で正月に出版 ...
18. 赤本
世界大百科事典
江戸の地で刊行された中本型丹表紙・絵題簽(だいせん)貼付の初期草双紙。5丁1冊を単位とし,1ないし2冊で1編を構成,毎丁絵が主体を占め,これにほとんど平仮名の文 ...
19. あか‐ほん【赤本】
デジタル大辞泉
《「あかぼん」とも》 1 草双紙の一。江戸中期、延宝から享保にかけて流行した子供向けの絵本。表紙が赤いところからよばれる。お伽話物が多い。→青本 →黒本 2 明 ...
20. あか‐ほん【赤本】
日本国語大辞典
〔名〕(「あかぼん」とも)(1)近世に行なわれた草双紙の一種。延宝(一六七三〜一六八一)頃から享保(一七一六〜一七三六)頃にかけて流行した赤い表紙の子供向けの絵 ...
21. あかほん【赤本】
国史大辞典
赤本としては異形態で、類がほとんどない。赤本の研究には、未開拓の分野が広い。→草双紙(くさぞうし) [参考文献]小池藤五郎「江戸草紙(草双紙)」(久松潜一編『新 ...
22. あく‐だま【悪玉】
デジタル大辞泉
1 悪事をする者。悪人。悪いやつ。江戸時代、草双紙の挿絵で円の中に「悪」の字を書いて顔とし、悪人を表したのに基づく。⇔善玉。 2 芝居や映画で悪人の役。悪役。  ...
23. あさの-ほくすい【浅野北水】
日本人名大辞典
葛飾北斎(かつしか-ほくさい)にまなぶ。江戸横山町で煙管(きせる)屋をいとなむが廃業し,浮世絵師のかたわら草双紙をあらわす。晩年は各地を遊歴した。通称は池田屋久 ...
24. あしかがみつうじ【足利光氏】
日本架空伝承人名事典
柳亭種彦作の合巻『偐紫田舎源氏』(一八二九‐四二刊)の主人公。本作は『源氏物語』の草双紙化で、光氏は光君の幕末期における形象化であった。種彦は、歌舞伎でいわゆる ...
25. あずかり‐の‐ぶつぼさつ【預の仏菩薩】
仏教語大辞典
妊娠を願う女が、寺より請い受ける仏・菩薩の像。 閑窓筆記 三 「仏家よりの説か、草双紙るいに妊あいだ十ケ月を毎月預りの仏菩薩をつけ」  ...
26. あたま‐かけ【頭掛】
日本国語大辞典
頭掛(アタマカケ)でも買ひな」*歌舞伎・櫓太鼓鳴音吉原〔1866〕七幕「十三(じふざ)の傍に草双紙、羽子板、あたま掛(カケ)のきれなどいろいろ景物を置き」*落葉 ...
27. 雷太郎強悪物語
世界大百科事典
,5丁を1冊とする黄表紙の体裁をとって出したほかに,5冊ずつ前後2編として刊行したものもあり,草双紙の合巻形態を確立普及させたものとして注目される。水野 稔 式 ...
28. いずみきょうか【泉鏡花】
国史大辞典
きわめてリズミカルであるのは、この両家の血の交配が彼の手法に結晶したものと考えられる。幼時母から草双紙の絵解きを、町内の娘たちからは口碑伝説を聞いたことが後年の ...
29. いた‐ぼかし【板暈】
日本国語大辞典
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30. 田舎源氏(歌舞伎舞踊劇)
日本大百科全書
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31. イラストレーション
世界大百科事典
式と性格をそなえるものは,複製技術が発達した江戸時代の草双紙にたどることができよう。江戸中期から後期にかけて大衆文学の主流をしめた草双紙(赤本,黒本,青本,黄表 ...
32. 岩見重太郎
世界大百科事典
ひとりで退治してみせたはなし,河内国丹南郡葛城山の山中で山賊退治をしたはなしなどが,真偽とりまぜて多くの講釈,草双紙,立川文庫,大衆演劇の紹介するところとなり, ...
33. いわみじゅうたろう【岩見重太郎】
日本架空伝承人名事典
ひとりで退治してみせたはなし、河内国丹南郡葛城山の山中で山賊退治をしたはなしなどが、真偽とりまぜて多くの講釈、草双紙、立川文庫、大衆演劇の紹介するところとなり、 ...
34. インタレスト
日本国語大辞典
)《インテレスト・インターレスト》(1)興味。関心。趣味。*嚼氷冷語〔1899〕〈内田魯庵〉「根が草双紙に養成された頭脳(あたま)では三面雑報以外の社会の出来事 ...
35. うきよえいがまくら[うきよエイグヮまくら]【浮世栄花枕】
日本国語大辞典
江戸中期の草双紙(黒本青本)。二巻。富川吟雪(房信)画。角書「風流邯鄲」。安永元年(一七七二)刊。謡曲「邯鄲」に基づき、美女おせいの栄華零落の夢物語を描いたもの ...
36. うたがわ‐くにさだ【歌川国貞】
デジタル大辞泉
[1786〜1864]江戸後期の浮世絵師。本名、角田庄蔵。号、一雄斎・五渡亭など。初世歌川豊国に学ぶ。初め草双紙の挿絵を描き、のち役者似顔絵や美人画に転じ、最高 ...
37. うたがわ‐くにさだ【歌川国貞】
日本国語大辞典
江戸後期の浮世絵師。〔一〕初世。初世豊国の門弟。通称角田庄蔵。号は一雄斎、五渡亭、香蝶楼など。俳優似顔の錦絵と草双紙のさし絵を得意とした。三世豊国を襲名。亀戸豊 ...
38. うたがわ-くにつぐ【歌川国次】
日本人名大辞典
1800−1861 江戸時代後期の浮世絵師。寛政12年生まれ。初代歌川豊国にまなぶ。江戸銀座にすむ。文化年間に草双紙の挿絵をかいている。文久元年死去。62歳。姓 ...
39. うたがわ-くにのぶ【歌川国信】
日本人名大辞典
小人目付をつとめた幕臣という。浮世絵を初代歌川豊国にまなぶ。志満山人(しまさんじん)の名で自画作の草双紙をおおく発表した。姓は金子。通称は弥四郎,惣次郎。別号に ...
40. うたがわくによし【歌川国芳】
国史大辞典
豊国の門人となった。同十一年十八歳ごろから一勇斎・朝桜楼・国芳と号して版画界に進出し、絵本・草双紙挿絵・錦絵に敏腕をふるい、文久元年(一八六一)三月五日、六十五 ...
41. うたがわ‐とよくに【歌川豊国】
デジタル大辞泉
(2世)[1802〜1835]初世の養子。通称、源蔵。号、一竜斎豊重。役者絵・美人画、草双紙の挿絵を得意とした。 〓( ...
42. うたがわ‐とよくに【歌川豊国】
日本国語大辞典
〔二〕二世。初世豊国の養子。初名豊重、のち豊国。通称源蔵。号は一龍斎。俳優、美人などの錦絵、草双紙のさし絵を描く。本郷豊国。源蔵豊国。天保六年(一八三五)没。〔 ...
43. うたがわ‐とよひろ【歌川豊広】
デジタル大辞泉
[1773〜1828]江戸後期の浮世絵師。江戸の人。通称、岡島藤次郎。号、一柳斎。豊春の弟子。美人画、草双紙の仇討(あだう)ち物の挿絵を得意とし、肉筆画にもすぐ ...
44. うたがわ‐とよひろ【歌川豊広】
日本国語大辞典
江戸の人。通称岡島藤次郎。号は一柳斎。歌川豊春を師とし、終生俳優を描かず、もっぱら仇討物を主として草双紙のさし絵を描いた。文政一二年(一八二九)没。 ...
45. 歌川広重[文献目録]
日本人物文献目録
広重の郷愁』野村胡堂『広重の行書東海道について』高畠和雄『広重の京都名所 』市原一郎『広重の草双紙』紙屋魚平『広重の芸術』中井宗太郎『広重の芸術』楢崎宗重『広重 ...
46. うたがわ-よしつな【歌川芳綱】
日本人名大辞典
?−? 幕末の浮世絵師。歌川国芳の門人。草双紙,滑稽(こっけい)本,人情本の挿絵のほか,武者絵,風俗画などをかいた。作画期は嘉永(かえい)-慶応(1848-68 ...
47. 歌川芳宗[文献目録]
日本人物文献目録
【逐次刊行物】:0件 『一松斎芳宗父子 1‐3』大曲駒村『「一松斎芳宗父子」を読みて』新井芳宗『初世芳宗の草双紙』佐野平六 ...
48. うち‐ばり【内張】
日本国語大辞典
東綺譚〔1937〕〈永井荷風〉一「近頃はやる手文庫の中張(ウチバ)りとか、又草双紙の帙などに用ひたら案外いいかも知れないと思ったので」 ...
49. うろこがたや-まごべえ【鱗形屋孫兵衛】
日本人名大辞典
の地本問屋。初代は三左衛門,2代以後は代々孫兵衛を称した。初めは浄瑠璃(じょうるり)本,のち草双紙,吉原細見,宝船などで知られ,黄表紙最初の「金々先生栄花夢(き ...
50. え‐ぞうし【絵双紙/絵草紙】
デジタル大辞泉
江戸時代、世間の出来事を1、2枚の絵入りの読み物にした印刷物。読み売り。瓦版(かわらばん)。 2 草双紙のこと。 3 絵本番付(えほんばんづけ)のこと。 4 錦 ...
「草双紙」の情報だけではなく、「草双紙」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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黄表紙(日本国語大辞典)
黄色の表紙。草双紙(くさぞうし)の一つ。江戸後期、安永四年(一七七五)から文化三年(一八〇六)頃にかけて多く刊行され、黄色の表紙で、内容はしゃれ、滑稽、風刺をおりまぜた大人むきの絵入り小説
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江戸後期の戯作者。本名は平沢常富,通称は平格(角),俳号は月成,狂名は手柄岡持。江戸に生まれ,14歳のとき秋田藩士平沢氏の養子となる。1781年(天明1)から秋田藩の御留守居役を務めるかたわら,戯作にも手を染めており,親友の恋川春町とともに,安永・天明期(1772-89)の黄表紙界を代表する作家となる。
山東京伝(改訂新版・世界大百科事典)
江戸時代後期の戯作者,浮世絵師。本名は岩瀬醒。俗称は京屋伝蔵。別号は醒斎,醒世老人,菊亭主人,菊軒など。父は伊勢国の出身で江戸深川に質屋を営み,京伝はその長子で弟に山東京山がいる。のちに銀座に転居。若くして北尾重政に浮世絵を学び,北尾政演の名で,1778年(安永7)黄表紙《開帳利益札遊合》の画工として出発
親敵討腹鞁(改訂新版・世界大百科事典)
黄表紙。2冊。朋誠堂喜三二作,恋川春町画,1777年(安永6)刊。〈かちかち山〉の後日譚で,子狸に親の敵とねらわれた兎が義理に迫られて切腹し,狸はまた猟人を導いて討たせた狐の子狐に,猟人とともに討たれる。当時流行の料亭葛西太郎などをとり入れ,梅が枝の手水鉢の芝居(《ひらかな盛衰記》)の趣向なども加えて


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