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  11. 覚猷
日本大百科全書(ニッポニカ)

覚猷
かくゆう
[1053―1140]

平安時代の僧で、俗称鳥羽僧正(とばそうじょう)。大納言源隆国(だいなごんみなもとのたかくに)の第9子で本名顕智。園城寺(おんじょうじ)の覚円に師事し出家。1081年(永保1)四天王寺別当職に任ぜられたが、94年(嘉保1)園城寺に戻り、1121年(保安2)法印大和尚位(だいおしょうい)に叙せられる。31年(天承1)鳥羽離宮内の証金剛院別当に任ぜられ、ここに常住したために鳥羽僧正と俗称された。その後も社会的な活躍は目覚ましく、34年(長承3)には大僧正および法成寺(ほうじょうじ)別当に補せられ、さらに翌35年(保延1)園城寺長吏となる。鳥羽上皇の信任厚く、仏教界の重鎮としてさまざまな加持祈祷(かじきとう)を行った。画技に秀でていたことが文献より知られ、また鳥羽僧正筆と伝承される図像も存するが、確実な遺品は残されていない。『鳥獣人物戯画』『信貴山(しぎさん)縁起絵巻』など線描主体の絵画作品の画家として伝えられてきたが、現在ではほぼ否定されている。ただし『鳥獣人物戯画』的な画風の絵に優れていたことは、諸文献の記述から推測される。またこのような覚猷の風刺画家的な側面は早くから知られていた。それは後世滑稽(こっけい)な風刺画を「鳥羽絵」とよんだことにも表れている。
[加藤悦子]

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宇治拾遺物語(改訂新版・世界大百科事典)
鎌倉時代の説話集。15巻15冊。ただし,巻を立てない2冊本や3冊本もある。編者は未詳。鎌倉時代初期の成立で,1220年(承久2)前後と見る説が有力。書名の由来は諸説あって一定しないが,古来宇治大納言隆国(源隆国)編,またはそれに取捨を加えたものとされてきたことからの称らしく
宇治大納言物語(国史大辞典)
宇治大納言隆国が書いたと伝えられる散佚した物語。書名や内容の一部分が、中世の諸書に散見するので、そのころまでは伝存されていたのであろう。内容は説話的なもので、宮廷の和歌の話や、仏教説話などをふくんでいたらしい。現存の『今昔物語集』『打聞集』『古本説話集』『宇治拾遺物語』『小世継』などの
源隆国(改訂新版・世界大百科事典)
平安後期の公卿。源俊賢の次男。1018年(寛仁2)宗国を改名。摂関家の姻戚として順調に昇進,34年(長元7)参議。61年(康平4)権中納言を辞したが67年(治暦3)権大納言となる。74年(承保1)納言辞任,77年病により出家し没す。隆俊ら諸子も立身したが,鳥羽僧正覚猷(かくゆう)は特に有名。
覚猷(日本大百科全書(ニッポニカ))
平安時代の僧で、俗称鳥羽僧正。大納言源隆国の第9子で本名顕智。園城寺の覚円に師事し出家。1081年(永保1)四天王寺別当職に任ぜられたが、94年(嘉保1)園城寺に戻り、1121年(保安2)法印大和尚位に叙せられる。31年(天承1)鳥羽離宮内の証金剛院別当に任ぜられ、ここに常住したために鳥羽僧正と俗称された。


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平安時代の僧で、俗称鳥羽僧正。大納言源隆国の第9子で本名顕智。園城寺の覚円に師事し出家。1081年(永保1)四天王寺別当職に任ぜられたが、94年(嘉保1)園城寺に戻り、1121年(保安2)法印大和尚位に叙せられる。31年(天承1)鳥羽離宮内の証金剛院別当に任ぜられ、ここに常住したために鳥羽僧正と俗称された。
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平安後期の公卿。源俊賢の次男。1018年(寛仁2)宗国を改名。摂関家の姻戚として順調に昇進,34年(長元7)参議。61年(康平4)権中納言を辞したが67年(治暦3)権大納言となる。74年(承保1)納言辞任,77年病により出家し没す。隆俊ら諸子も立身したが,鳥羽僧正覚猷(かくゆう)は特に有名。
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宇治大納言隆国が書いたと伝えられる散佚した物語。書名や内容の一部分が、中世の諸書に散見するので、そのころまでは伝存されていたのであろう。内容は説話的なもので、宮廷の和歌の話や、仏教説話などをふくんでいたらしい。現存の『今昔物語集』『打聞集』『古本説話集』『宇治拾遺物語』『小世継』などの
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1. 覚猷
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ただし『鳥獣人物戯画』的な画風の絵に優れていたことは、諸文献の記述から推測される。またこのような覚猷の風刺画家的な側面は早くから知られていた。それは後世滑稽(こ ...
2. 覚猷
世界大百科事典
1053-1140(天喜1-保延6) 密教図像の収集,書写に貢献し,後に天台座主にもなった平安時代の高僧。大納言源隆国の子。覚円に師事,四天王寺別当となり同寺復 ...
3. かくゆう【覚猷】
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[1053〜1140]平安後期の天台宗の僧。大納言源隆国の第9子。初名は顕智。園城(おんじょう)寺の覚円に師事し、のち、天台座主(ざす)・大僧正となった。鳥羽離 ...
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文學部 洋巻 第3巻 928ページ ...
7. かくゆう【覚猷】
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1053−1140 平安時代後期の僧。天喜(てんぎ)元年生まれ。源隆国の9男。天台宗園城(おんじょう)寺の覚円に師事して出家。鳥羽上皇の信任あつく,鳥羽離宮の証 ...
8. かくゆう【覚猷】
日本架空伝承人名事典
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10. い‐ざい[ヰ:]【遺財】
日本国語大辞典
分得之法〓」*古事談〔1212〜15頃〕三・覚猷臨終処分事「弟子後見などを召寄せて、令 ...
11. 宇治拾遺物語 112ページ
日本古典文学全集
「わ雑色は不覚のやつか 五 鳥羽僧正が国俊と戯れる事  覚猷の創建した園城寺(三井寺)内の僧院。そこに住んだことから、この名がある。覚猷は、権大納言源隆国の子( ...
12. 宇治拾遺物語 113ページ
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「この藁を、牛のあちこち歩き  いような人、親しい交際をしていない人。雑色は自分の仕える国俊と覚猷僧正とが兄弟(本話の叙述からすれば、甥・叔父)の関係にあること ...
13. 応源
世界大百科事典
12世紀前半(平安後期)の絵仏師。生没年不詳。応元とも記す。1114年(永久2)鳥羽僧正覚猷(かくゆう)の命をうけ円珍請来の《胎蔵図像》《胎蔵旧図様》を模写し, ...
14. おうげん【応源】
国史大辞典
生没年不詳 平安時代後期の絵仏師。応元とも書く。鳥羽・崇徳天皇の御代に仏画を描いた。はじめは鳥羽僧正覚猷の図像を模写し、智証大師円珍が唐で写した図像を転写し、「 ...
15. おうげん【応源】
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?−? 平安時代後期の絵仏師。鳥羽僧正覚猷(かくゆう)の命をうけ,円珍が唐(とう)(中国)でうつした「胎蔵旧図様」などを模写した。保延(ほうえん)元年(1135 ...
16. かくばん【覚〓画像
国史大辞典
密教諸流の遍学を志し、三宝院定海・醍醐理性院賢覚・勧修寺寛信から小野方の受法を受け、さらに三井寺の覚猷から台密の灌頂を受けた。覚鑁の流を受ける伝法院流の特色は、 ...
17. 国文学全史 2 平安朝篇 215ページ
東洋文庫
女子女子資綱ーー隆俊-中納言隆隆 ~綱基/左中将-俊明大納言定会庄賢綱後園城寺僧隆覚仁和寺僧-覚猷天台座主鳥羽僧正女隆長子信俊右大臣俊家妻家賢俊実能俊資綱 ...
18. 木葉衣・鈴懸衣・踏雲録事 修験道史料1 224ページ
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速疾の効験ひとえにこの一事依って顕わる。諦審にこれを思察せよ。しかるを、或る書に、「数珠を摺ることは、三井覚猷僧正、禁裡御修法の後、加持の時、念誦の真言了りて、 ...
19. 木葉衣・鈴懸衣・踏雲録事 修験道史料1 225ページ
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20. 木葉衣・鈴懸衣・踏雲録事 修験道史料1 227ページ
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成就ということ。妙果とも訳し、祈薦や修法の効験のこと。現成は、 まのあたりに効験があらわれること。一〇 三井覚猷僧正 四十七代天台座主になった平安時代末期の僧で ...
21. 木葉衣・鈴懸衣・踏雲録事 修験道史料1 385ページ
東洋文庫
一杢、一盞…三四、三二五か『廻国雑記』開遮開成皇子蛙飛び『下学集』柿の衣鰐淵寺学修灌頂学頭覚忍覚猷掛衣加持火生三昧霞場先考六九〇九一三六茜、塑ハ西歪O莞八、三9 ...
22. こばやし-ちんがく【小林椿岳】
日本人名大辞典
大西椿年(ちんねん)に大和絵を,維新のころ高橋由一(ゆいち)らに洋画をまなぶ。のち鳥羽(とば)僧正(覚猷(かくゆう))の戯画の影響をうけ,漫画で一家をなす。晩年 ...
23. こんじゃくものがたりしゅう【今昔物語集】
デジタル大辞泉
平安後期の説話集。31巻。現存28巻。源隆国や覚猷(鳥羽僧正)を編者とする説があるが、未詳。12世紀初めの成立。天竺(てんじく)(インド)・震旦(しんたん)(中 ...
24. こんじゃくものがたりしゅう[コンジャクものがたりシフ]【今昔物語集】
日本国語大辞典
一八、二一の三巻を欠く。保安元年(一一二〇)頃成立か。作者に関しては、古来の源隆国説、鳥羽僧正覚猷説その他があるが未詳。通称「今昔物語」。一二世紀の初めに成立。 ...
25. 今昔物語集 1 本朝部 8ページ
東洋文庫
『今昔』の編著者に擬するかといえば、まだいくつかの仮説が提案されてきたにすぎない。たとえば鳥羽僧正覚猷・忠尋僧正・源俊頼・知足院関白忠実などとする説があげられ、 ...
26. さむらいほうし【侍法師】
国史大辞典
『古今著聞集』巻第十一(画図第十六)には「鳥羽僧正侍法師の絵を難じ法師の所説に承伏の事」として、鳥羽僧正覚猷(かくゆう)のもとに僧正も舌を巻くほどの画技の達人の ...
27. しぎさんえんぎ【信貴山縁起】
日本国語大辞典
絵巻物。三巻。紙本着色。平安時代末期の作。伝鳥羽僧正覚猷(かくゆう)画というが確証はない。信貴山に毘沙門天をまつった僧命蓮(みょうれん)に関する説話を描いたもの ...
28. しぎさんじ【信貴山寺】奈良県:生駒郡/平群町/信貴畑村
日本歴史地名大系
下巻は尼公の巻とよばれる。平安時代末頃の作で、日本絵画の優品の一つに数えられる。筆者は鳥羽僧正覚猷と伝えられるが不詳。金銅鉢は高さ一五・三センチ、口径一五センチ ...
29. してんのうじ【四天王寺】大阪府:大阪市/天王寺区/天王寺村地図
日本歴史地名大系
八幡念仏所・極楽堂などにいた念仏聖たちで、貴族をはじめ民衆まで広く信者を組織していた。鳥羽僧正覚猷が別当在職中(一〇八一―九四)に二階建ての西門を建て、「四天」 ...
30. しゅ‐もつ【腫物】
日本国語大辞典
腫物気〓歟」*古事談〔1212〜15頃〕三・覚猷臨終処分事「自〓此暁 ...
31. しょうちょう【承澄】
日本人名大辞典
おさめる。京都の法菩提(ほうぼだい)院の住持をつとめ,小川僧正とよばれた。絵画にすぐれ,画法は覚猷(かくゆう)(鳥羽僧正)ににるといわれた。弘安(こうあん)5年 ...
32. しょ‐ぶん【処分】
仏教語大辞典
先申別当、聴彼処分」 2 僧が自己所有の財物などを弟子など他に譲渡すること。 古事談 三・覚猷臨終処分事 「覚猷僧正臨終之時、可処分之由、弟子等勧之」  ...
33. しようこうみよういんあと【勝光明院跡】京都市:伏見区/竹田村地図
日本歴史地名大系
経た保延二年(一一三六)三月二三日完成し、この日鳥羽上皇・崇徳天皇の行幸を得て、天台座主忠尋を導師、覚猷僧正を呪願として勝光明院御堂供養が行われた(元亨釈書・中 ...
34. 新猿楽記 388ページ
東洋文庫
の画巻となる。前者は保元二年(二五七)以後に後白河法皇によって作られたといわれ、後者は鳥羽僧正覚猷(一〇五三-一一四〇)が描いたと伝える。『年中行事絵巻』は十二 ...
35. 児童文学画像
日本大百科全書
『はてしない物語』が新鮮な世界を開いた。神宮輝夫日本明治以前古くは鳥羽僧正(とばそうじょう)(覚猷(かくゆう))の作といわれる『鳥獣戯画』(12世紀)その他の絵 ...
36. 定智
世界大百科事典
平安後期(12世紀前半)の画僧。生没年不詳。はじめ三井寺法輪院の覚猷の下で密教図像の収集に協力し,のち醍醐寺,高野山に移り作画に携わる。1132年(長承1)落成 ...
37. じょうち【定智】
国史大辞典
生没年不詳 平安時代後期三井寺を中心に活躍した画僧。鳥羽僧正覚猷の図像蒐集(三井法輪院)に際して、そのすぐれた画技でこれに協力したといわれる。その一部と思われ ...
38. じょうち【定智】
日本人名大辞典
?−? 平安時代後期の画僧。園城寺(おんじょうじ)法輪院の覚猷(かくゆう)に協力して密教図像を収集。長承元年(1132)落成の高野山大伝法院の壁画を,宅磨為遠( ...
39. じょうぼだいいん【成菩提院】京都市:伏見区/竹田村地図
日本歴史地名大系
七月八日条に、「運渡、忠盛朝臣蒙上皇仰、自去月所造宮也、不日功成、今日供養、(中略)講師権僧正覚猷、散衆卅口、皆是円城寺僧綱、(中略)七間四面孫廂御堂也、中央一 ...
40. 菅江真澄遊覧記 4 78ページ
東洋文庫
原本の図絵には、避疫神と書いてある。鳥羽僧正の戯画 鳥羽僧正は平安後期の天台宗の僧。源隆国の子、名は覚猷(一〇五三1一一四〇)。三井寺の長吏大僧正となる。鳥羽離 ...
41. 醍醐源氏
世界大百科事典
俊の子俊実,俊明の子能俊らは公卿に昇り,後一条朝~院政時代に活躍した。また絵の名手として名高い覚猷(かくゆう)(天台座主,鳥羽僧正)も隆国の子である。克明親王の ...
42. 鳥獣戯画
世界大百科事典
よくしたと伝えられる鳥羽僧正覚猷(かくゆう)の作との伝承もあるが,確証はなく,墨描きに習熟した専門画師の手になるものと解されよう。田口 栄一 鳥獣人物戯画 鳥羽 ...
43. ちょうじゅうぎが【鳥獣戯画】
デジタル大辞泉
京都高山寺所蔵の絵巻。4巻。鳥羽僧正(覚猷)筆と伝える白描画。最も著名な第1巻は蛙・兎・猿などの遊戯するさまを擬人化して描き、平安時代12世紀の作。第2巻も同時 ...
44. ちょうじゅうぎが[テウジウギグヮ]【鳥獣戯画】
日本国語大辞典
絵巻物。四巻。紙本墨画。鳥羽僧正覚猷筆と伝えるが、第一・二巻は一二世紀後半、三・四巻は一三世紀の作。動物を擬人化して描いた第一巻が特に名高い。絵はのびのびした抑 ...
45. 鳥獣人物戯画
日本大百科全書
絵に説かれる内容、意味が明らかでなく、種々の解釈がなされるが定説をみない。 筆者は鳥羽僧正(とばそうじょう)覚猷(かくゆう)(1053―1140)と伝称されるが ...
46. ちょうじゅうじんぶつぎがかん【鳥獣人物戯画巻】
国史大辞典
兎と蛙の競射などを描き出す。制作年代はいずれも平安時代後期、十二世紀半ばにさかのぼり、作者を鳥羽僧正覚猷とする伝承があるが、その描法や表現からみると画僧や絵仏師 ...
47. ちんかい【珍海】
国史大辞典
のち醍醐寺禅那院に住し、覚樹の実兄で醍醐三宝院座主になった定海や勧修寺寛信に密教を学び、定海が覚猷から「仁王経五方諸尊図」を借りたとき珍海が写したことを記してい ...
48. 鳥羽絵
世界大百科事典
江戸時代に流行した戯画の一種。《鳥獣戯画》の筆者に擬せられる鳥羽僧正(覚猷(かくゆう))にちなんでこう呼ばれる。略画的タッチで人物や動物などを滑稽に描く。大坂の ...
49. とば‐え【鳥羽絵】
デジタル大辞泉
《戯画に長じたと伝える平安後期の僧、鳥羽僧正覚猷(かくゆう)にちなんでいう》江戸時代、日常生活を軽妙なタッチで描いた墨書きの戯画。今日の漫画にあたり ...
50. とば‐え[:ヱ]【鳥羽絵】
日本国語大辞典
日常生活を題材とした戯画。簡略、軽妙に人物などを描いた墨書きの滑稽な絵。平安時代の画僧、鳥羽僧正覚猷が戯画に長じていたといわれるところからいう。ざれ絵。おどけ絵 ...
「覚猷」の情報だけではなく、「覚猷」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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