1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 文化
  6. >
  7. >
  8. 五節供
  9. >
  10. 五節供
日本大百科全書(ニッポニカ)
五節供
ごせっく

1月7日の七草、3月3日の雛(ひな)祭、5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕(たなばた)、9月9日の重陽(ちょうよう)の五つの節供をいう。これらの節日(せちにち)はいずれも中国伝来の要素がみられる。1月7日は中国で人日(じんじつ)という。これは東方朔(とうぼうさく)の占書に、正月1日に鶏(とり)を占い、2日には狗(いぬ)を占い、3日には羊を占い、4日には猪(いのしし)を占い、5日には牛(うし)を占い、6日には馬を占い、7日には人を占うとあることによったという。3月3日は上巳(じょうし)といい、本来は3月初めの巳(み)の日で、5月5日の端午も5月初めの午(うま)の日であったが、のちにそれぞれ3日、5日と固定されるようになった。七夕は7月7日であり、9月9日の重陽は9が陽数でありそれが重なるからであった。日本におけるこの五つの節供は、文献によるとかならずしも固定したものではなかったようである。宮廷を中心とした年中行事では、五節供の日が宴を催す日であっても、節日として祝われたかは上代においてはかならずしも明白ではない。
[大藤時彦]



雛祭[百科マルチメディア]
雛祭[百科マルチメディア]
「桃の節供(せっく)」ともいう。江戸時代初頭の三月節供の雛人形(ひなにんぎょう)にかかわる行事が、寛文(かんぶん)年間(1661~1673)以降に雛祭として定着したとみられる。当初、宮廷や幕府で行われていた雛祭は都市から農村へと波及し、一般化したのは明治時代以降である。楊洲周延(ようしゅうちかのぶ)画『千代田之大奥 雛拝見』 三枚続 1896年(明治29) 国立国会図書館所蔵

端午の節供[百科マルチメディア]
端午の節供[百科マルチメディア]
端午(たんご)の節供に模造の冑(かぶと)や武者人形を飾る風習は江戸時代に広まった。金太郎(金時(きんとき))人形を持つ女性の足元には、鯉幟(こいのぼり)や厄除(やくよ)けの神である鍾馗(しょうき)が描かれた幟(のぼり)がみえる。歌川国貞画『豊歳五節句ノ遊(ほうさいごせっくのあそび)』 国立国会図書館所蔵

七夕[百科マルチメディア]
七夕[百科マルチメディア]
五節供の一つである七夕(たなばた)に、笹竹(ささたけ)に五色の紙や糸を吊(つ)るし(短冊(たんざく)竹ともいう)、軒端に立てる風習は江戸時代から始まったといわれる。歌川国貞画『豊歳五節句ノ遊(ほうさいごせっくのあそび)』 国立国会図書館所蔵

重陽の節供[百科マルチメディア]

重陽の節供[百科マルチメディア]
五節供の一つ。「菊の節供」ともよばれ、キクの花を飾ったり、菊花酒(きっかしゅ)を飲んで無病息災を願う風習は古くから行われていた。歌川国貞画『豊歳五節句ノ遊(ほうさいごせっくのあそび)』 国立国会図書館所蔵

「五節供」は五節供に関連のある記事です。
その他の五節供に関連する記事
五節供(日本大百科全書(ニッポニカ))
1月7日の七草、3月3日の雛祭、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽の五つの節供をいう。これらの節日はいずれも中国伝来の要素がみられる。1月7日は中国で人日という。これは東方朔の占書に、正月1日に鶏を占い、2日には狗を占い、3日には羊を占い、4日には猪を占い、5日には牛を占い、6日には馬を占い
節供(句)(改訂新版・世界大百科事典)
年中行事を構成する日。年に何回かある重要な折りめのことで,基本的には神祭をする日である。迎えた神に神饌を供して侍座し,あとで神人共食することによってその霊力を身につけようとするもので,氏神祭や正月,盆も重要な節供といえよう。小豆粥を食べる正月15日を粥節供,あとで神人共食することによって
雛祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
毎年3月3日に雛人形を飾り、桃花や雛菓子を供えて、白酒で祝う習俗で、「桃の節供」ともいう。婦女子主体の祭りで、男子の五月節供と対置されてもいるが、雛人形主体の節供習俗の歴史は案外に新しい。江戸時代初頭(1630ころ)に宮廷や幕府で三月節供に雛人形にかかわる行事があった記録が現れ、やがて寛文年間(1661~73)以降に
端午(改訂新版・世界大百科事典)
中国にはじまり,朝鮮,日本でも行われる旧暦5月5日の節供。中国 蒲節,端節,浴蘭節などともいう。〈端〉は〈初〉の意味で,元来は月の最初の午の日をいった。十二支の寅を正月とする夏暦では,5月は午の月にあたり,〈午〉が〈五〉に通じることや陽数の重なりを重んじたことなどから,3世紀,魏・晋以後
重陽(改訂新版・世界大百科事典)
9月9日の節供。陽数(奇数)の極である9が月と日に重なることからいい,重九(ちようきゆう)ともいう。中国行事の渡来したもので,邪気を避け,寒さに向かっての無病息災,防寒の意味もあった。菊花宴ともいい,685年(天武14)を起源とするが,嵯峨天皇のときには,神泉苑に文人を召して詩を作り,宴が行われていることが見え
五節供に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約2万冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジについてもっと詳しく見る
五節供の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 145
検索コンテンツ
1. ご‐せく【五節供】
日本国語大辞典
〔名〕「ごせっく(五節供)」に同じ。 ...
2. ご‐せちく【五節供・五節句】
日本国語大辞典
〔名〕「ごせっく(五節供)」に同じ。 ...
3. 五節供画像
日本大百科全書
、文献によるとかならずしも固定したものではなかったようである。宮廷を中心とした年中行事では、五節供の日が宴を催す日であっても、節日として祝われたかは上代において ...
4. ご‐せっく【五節供・五節句】
日本国語大辞典
〓鈔〔1445〜46〕一「五節供の事異説多歟。諸節供の記来由区にして卒爾に注し難し」*日葡辞書〔1603〜04〕「Goxeccu ...
5. ごせっく【五節供】
国史大辞典
の節供・菖蒲(あやめ)の節供・七夕祭(または星祭)・菊の節供などと呼んだ。江戸幕府がこれらの五節供を式日として定めたのは、従来行われてきた宮廷の伝統的節会のほか ...
6. 五節供(ごせっく)
古事類苑
歳時部 洋巻 第1巻 147ページ ...
7. ご-せっく【五節供・五節句】
全文全訳古語辞典
〔名詞〕年中行事の五回の節句。陰暦正月七日の「人日」、三月三日の「上巳」、五月五日の「端午」、七月七日の「七夕」、九月九日の「重陽」の総称。⇒せっく  ...
8. ご‐せっく【五節句/五節供】
デジタル大辞泉
年間の五つの節句。人日(じんじつ)(正月7日)・上巳(じょうし)(3月3日)・端午(たんご)(5月5日)・七夕(しちせき)(7月7日)・重陽(ちょうよう)(9月 ...
9. ごせっく‐ごしらえ[:ごしらへ]【五節供拵】
日本国語大辞典
〔名〕五節供の祝儀の時に用いるため、刀剣の金具を飾ること。また、そのもの。*洒落本・比翼紫〔1801〕一「なたまめこじりの五節句こしらへのわきざし」 ...
10. 粥杖[図版]画像
国史大辞典
五節供稚童講釈 (c)Yoshikawa kobunkan Inc.  ...
11. あかむら【赤村】山口県:美祢郡/美東町
日本歴史地名大系
七月は七夕と盆で、盆踊があった。四季土用には盲僧が家々を回り、地神経を読誦。そのほか、手慣子屋には年始・五節供・歳暮などに謝礼した。村内の佐山に天文九年(一五四 ...
12. あらくらじんじゃ【荒倉神社】高知県:吾川郡/春野町/弘岡中ノ村
日本歴史地名大系
「社領二反一豊様より附来御折紙先年焼失」とみえ、延宝七年(一六七九)からは祭礼の九月一八日、五節供、年越に供物として神米二・五一五石などがそのつど藩から下された ...
13. いいもりじんじや【飯盛神社】福岡県:福岡市/西区/飯盛村
日本歴史地名大系
また社領の内訳は、王子宮・白非違社・権非違社・西宮・神宮寺・医王寺などの修理料田、神輿など神宝の修理料田、五節供田や修正田、法華会田などの祭礼・仏事のための免田 ...
14. いつつ の 節(せち)
日本国語大辞典
、端午(たんご=五月五日)、七夕(しちせき=七月七日)、重陽(ちょうよう=九月九日)をいう。五節供。*常磐津・節句遊恋の手習(三人生酔)〔1833〕「四季の詠め ...
15. 妹背山婦女庭訓(浄瑠璃集) 389ページ
日本古典文学全集
呼ブ所唐音◯本朝ノ俗ニ楼ヲ謂テ亭ト為ス。又云鈎殿」(書言字考節用集)。三月三日に行われる上巳の節句。「およそ五節供の内、今月婦女これを重んず」(日次記事)。雛飾 ...
16. うかしのしょう【宇賀志庄】奈良県:宇陀郡/菟田野町/宇賀志村
日本歴史地名大系
西殿庄とともに春日社領であった。一方、天正三年の信長朱印写(続南行雑録)には、春日若宮拝殿領宇多郡宇賀志庄、同五節供料所西殿庄之事、沢・秋山令押妨由、不可然候、 ...
17. 浮世親仁形気(浮世草子集) 551ページ
日本古典文学全集
大分の物を入れ、敷がね迄付けて、夜のもてあそび物にやりながら、さられぬやうにとおひげの塵をとり、五節供の祝義物に気を張り、台所賄ひの口のわるい古き婆に、をり〳〵 ...
18. うちかけ【打掛】画像
国史大辞典
遠行のときは掻取も一緒にからげて「掻取からげ」という。江戸時代は、御殿女中常用の服となり、三日(さんじつ)・五節供をはじめとする式日には「御つくろい」と称して衣 ...
19. おおとねりざ【大舎人座】
国史大辞典
万里小路家を本所とする関係も僅かながらつづいていたようで、天文九年には、年中一度の定額課役以外に五節供の課役をかけた本所を幕府に訴えている。また、このころにはか ...
20. おおみなみのしょう【大南荘】
国史大辞典
田)の七名からなる。所当は一町あたり「別低(マヽ)一駄半・油一升・空佃米五斗也」とみえ、他に五節供の公事がある。名田は一名二町を例外として各三町からなり、町別均 ...
21. おせち[イミダス編 文化・スポーツ]
イミダス 2016
お正月の特別料理。お節(おせち)とは、もともとは正月や端午、七夕など五節供(ごせっく)の日に、神様にお供えした料理である御節供(おせちく)を言ったが、次第に正 ...
22. おせち料理画像
日本大百科全書
おせちはお節(せち)、すなわち五節供(ごせっく)の意で、中国渡来の年中行事であるが、その代表的なものは正月の節供なので、節供料理すなわちおせち料理は正月料理の意 ...
23. 女大学集 154ページ
東洋文庫
以て近時、甲版に校正本あり、以て学科に併せんとす。勉めたりと謂いつべし。惜しい乎、旧称を側除せざる。五節供の如きは甚麼ぞや。婦幼惑いを取るに庶し。故に本地の書肆 ...
24. 女大学集 166ページ
東洋文庫
天長節・七祭日一月三日、三+日、三月廿日、四月三日、九月廿三日、+月+七日、十一月廿三日を、已前の五節供に準えて、相慶賀して往来するにも、我が郷の方に私して、夫 ...
25. かいとくどうあと【懐徳堂跡】大阪府:大阪市/東区/尼崎町一丁目地図
日本歴史地名大系
五一)の堂舎新築や寛政八年(一七九六)大火被災後の再興には広く協力を求めている。聴講の謝義は五節供前に銀一匁か二匁を出すように定めているが、貧しい者には紙一折・ ...
26. かんむりだけ【冠岳】鹿児島県:串木野市
日本歴史地名大系
また山内住僧らが成賀に従い月並恒例の仏事勤行、国吏・庄方・地頭の息災安穏を祈祷すべきこと、開発田の所当を五節供料に充てることを命じている(前掲地頭大前某下文)。 ...
27. キク画像
日本大百科全書
移した綿で身をなでれば長寿を保つという「菊の着せ綿」なども描かれている。また江戸時代になると重陽が五節供の一つとなり、この日諸大名は、菊花を添えた献上品を将軍に ...
28. きく の 節供(せっく)
日本国語大辞典
五節供の一つ。陰暦九月九日の節供。重陽の節。菊の日。菊節供(きくぜっく)。菊花節(きっかせつ)。《季・秋》*浮世草子・好色五人女〔1686〕二「菊(キク)の節句 ...
29. きげんせつ【紀元節】
国史大辞典
天皇の御遙拝があることとて、その趣旨を奉じて、年々上下一同遙拝すべきだと触れられた。六年に入ってから従来の五節供を廃し、神武天皇即位日と天長節の両日を祝日と定め ...
30. 紀行・日記編(松尾芭蕉集) 30ページ
日本古典文学全集
芭蕉が「此古体に人のしらぬ悦有」と言ったとあり、西鶴の『日本永代蔵』に「あれは何殿の聟ぞと、五節供に袴肩衣ためつけ」とある。「負ふ」と「追ふ」、「牛」と「丑」と ...
31. 近世説美少年録 17ページ
日本古典文学全集
近世説美少年録 第三輯 壱 五節供 第壱北渓 画八荒 寿域を開き一気 洪鈞を転ず[曲亭老著] 梗概 一年五度の節供。人日(正月七日)。上巳(三月三日)。端午(五 ...
32. 近世説美少年録 77ページ
日本古典文学全集
近世説美少年録 第三輯 弐 五節供 第弐北渓 画[印]一時 良宴会三月 繁華勝る[著作堂] 梗概 上巳(三月三日)をさす。三月三日のひと時。雛祭の楽しい宴会。「 ...
33. 近世説美少年録 127ページ
日本古典文学全集
近世説美少年録 第三輯 三 五節供 第参北渓 画 [印]今朝 端午の会酒 玉蒲を泛べて香し[曲亭老著] 梗概 端午(五月五日)をいう。今日。男子の節供。古代中国 ...
34. 近世説美少年録 175ページ
日本古典文学全集
近世説美少年録 第三輯 四 五節供 第肆北渓 画 [印]牽牛 遠渚に臨み飛鵲 長橋を跨す[曲亭老著] 梗概 七夕(七月七日)を指す。彦星。陰暦七月七日に天の川を ...
35. 近世説美少年録 225ページ
日本古典文学全集
近世説美少年録 第三輯 五 五節供 第伍北渓 画 [印]其の人の長久を節し更に開く菊の馥香[曲亭老著] 梗概 重陽(九月九日)を指す。古代中国においては、この日 ...
36. くじ‐もつ【公事物】
日本国語大辞典
公物。*高野山文書‐正平九年〔1354〕一〇月日・隅田庄三供僧契状(大日本古文書四・一三)「五節供雑事、縄・代松・折敷、此外云〓年貢 ...
37. くすのきむかしばなし【楠昔噺】
日本国語大辞典
大坂竹本座初演。「太平記」の楠正成と宇都宮公綱の対立、藤原藤房の活動などを題材として、五段を五節供になぞらえた脚色。三段目が「どんぶりこ」と呼ばれ有名。 ...
38. くらはしのしょう【椋橋庄】大阪府:豊中市
日本歴史地名大系
請作する寄人は橘薗の寄人だけでなく、椋橋庄や長州御厨(現同上)の供御人らがいるとあり、地子や五節供料を東大寺に沙汰するよう命じている(同年二月一一日「修理権大夫 ...
39. 幸若舞 1 百合若大臣(ゆりわかだいじん)他 319ページ
東洋文庫
さまざまな祝の行事が行なわれた。その由来 については異説が多く、それについては『塵添塩 嚢砂』巻一、五節供事に詳しい。昊 〔〕内は、宗本・大頭本によって補入。一 ...
40. 幸若舞 2 景清(かげきよ)・高館(たかだち)他 97ページ
東洋文庫
今、仮に底本の漢字に従った。 「五節の祝」は、いわゆる五節供(句)をさしたものであろう。朝廷の公事としての五節をいったものではあるまい。五節供は人日(正月七日Y ...
41. こ‐ごぐしょ【小御供所】
日本国語大辞典
*新編鎌倉志〔1685〕一・鶴岡八幡宮「小御供所 楼門の西の方回廊にあり。毎月朔日・十五日又五節供に御供を具ふる所也。御殿司一人出て八幡宮并に諸末社等に供す」 ...
42. こだい【古代】画像
国史大辞典
稲作の折り目ごとに行うことで年中行事が成立していったが、これは貴族社会で中国文化とともに受容された五節供と習合しながら、信仰的意義を離れた典雅な年中儀礼に昇華し ...
43. 子守(歌舞伎舞踊)
日本大百科全書
変化『大和い手向五字(やまとがなたむけのいつもじ)』の一つで、増山金八作詞、清元斎兵衛作曲。五節供のうち七夕(たなばた)にあたる。越後(えちご)出の子守女が人形 ...
44. ころもがえ【更衣】
国史大辞典
九月一日に袷になり、九月九日(重陽節供)から綿入れを着用した。この細分化した更衣の風習は、江戸時代、五節供施行などの礼制面の確立と相まって、一種の服制として定着 ...
45. ご‐せつ【五節】
日本国語大辞典
*御湯殿上日記‐天文一三年〔1544〕一一月一八日「五せつのかちんまいる」(2)「ごせっく(五節供)」の略。*ロドリゲス日本大文典〔1604〜08〕「ゴセック、 ...
46. ご‐そうしゃばん【御奏者番】
日本国語大辞典
〔名〕(「ご」は接頭語)江戸幕府の職名の一つ。年始、五節供、朔望(さくぼう)などに、諸大名、旗本などが将軍に謁見するとき、その取次を行ない、献上物を披露し、その ...
47. 御当代記 将軍綱吉の時代 196ページ
東洋文庫
の男たちの跋扈の風潮とともに、飲酒機会の増加もその背景にあった。『徳川実紀』は四月十六 日、今より後五節供の外は厨膳に酒を供すること停止の旨を記し、以後飲酒の制 ...
48. ごど‐の‐しゅうぎ[:シウギ]【五度祝儀】
日本国語大辞典
〔連語〕五節供になぞらえた、近世上方の遊郭での五日の祝儀日。正月始め、三月三日、五月五日、七月中旬、九月九日の称。*評判記・色道大鏡〔1678〕一「五度の祝儀。 ...
49. さんがつ の 節供(せっく)
日本国語大辞典
五節供の一つ。三月三日の桃の節供。女子の祝日として、雛祭(ひなまつり)をする。重三(ちょうさん)。上巳(じょうし)。三月節供。《季・春》 ...
50. ざいけ‐やく【在家役】
日本国語大辞典
事」*近衛家本追加‐寛喜三年〔1231〕四月二一日(中世法制史料集一・追加法二六)「苧在家役、麻樹木五節供以下事、右、地頭者、毎物可〓被 ...
「五節供」の情報だけではなく、「五節供」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジについてもっと詳しく見る